楔、礎、支え、守り
二人で入ると、寝袋はちょっと狭い。
シャーリィの柔かな肌と匂いに包まれて、フィンはちょっと緊張がほぐれるのを自覚した。
誰かと一緒に寝るのは、うんと小さい頃、ひとりで寝るのがこわくてははうえに泣きついて以来だ。
――あのころ自分は泣き虫だった。ははうえを困らせてばかりだった。
寝袋の中で、シャーリィは身じろぎし、フィンの右腕を胸の中に抱き込んだ。
耳に唇を寄せててくる。
――おかあさんのこと、思い出してる?
「ふぇっ!?」
――顔見たらわかるよぉ。
くすくす笑う。
ははうえにもよく考えていることを見透かされていたものだ。女の人にはなにかこう、神秘的な察知能力があるのかもしれない。
確かカシア小隊長どのも酔っ払いながら「女はこえぇぞぉ」とくだを巻いていた。
――ねえ、どんな人? フィンくんのおかあさん。
「え、えっと……」
実に漠然とした質問である。
だが、ははうえを思い出すとき、真っ先に想起されることと言えば――
「……いつも、どこか、哀しそうな人であります」
――哀しそう?
「家にいられるときは、いつも小官を抱きしめてくれるし、撫でてくれるし、たまにケーキを作ってくれるし、いっぱい誉めてくれるであります。でも……どこかいつも無理をしているような……苦しくて哀しい気持ちを飲み込んで、一人で立っているような、そんな人であります」
フィンは、微笑んだ。
そして、自分の胸元に大切に仕舞っていたものを引っ張り出した。
彼女になら、見せてもいいと思ったから。
錬成水晶製の、ロザリオを。
――それは?
「最後の出撃の時に、ははうえからいただいたものであります」
――すごくきれい。
「えへへ、ははうえは錬金工芸士として、セツ防衛機構の大義に貢献してきた人でありますっ」
フィンは、慈しむようにロザリオをぎゅっと握りしめた。そうすれば、ははうえの温もりが伝わってくると信じて。
自分は応援されているし、期待されている。ロザリオはその証だった。これを握れば、自分はいくらでも頑張れる。
「いつか、ははうえを心から笑わせることが、小官の夢であります」
――すてきな夢ね。
「はいっ」
そのためにも、もっとたくさんカイン人を斃さなくては。
分断して、包囲して、制圧射撃のちに突撃して、殺して殺して殺しつづけて、彼らが物質世界に侵攻する気も起きなくなるほどに殺しつづけて、いつか世界に光が戻ったら、そのとききっと、ははうえは心から笑ってくれる。
だからこそ、戦える。どんな苦痛だって耐えられる。
あなたが大好きだから。あなたに笑っていてほしいから。
――ねえ、フィンくん。
「はい」
――わたしの母上の話、聞いてくれる?
「もちろんでありますっ」
シャーリィのぼんやりと光る瞳が、複雑な色を帯びた。哀しいような、困ったような、誇らしいような、少し嬉しいような、そんな色を。
――わたしの母上はね、本当は寂しがりやで泣き虫で甘えん坊なの。
「えぇー……」
孝徳を前提にしているフィンからすると、なかなか面食らう言葉であった。
――でもね、とても視野が広くて、王国のみんなのためにどうするべきなのかということをちゃんと考えられもする人なの。だからね、わりといつも寂しがりやで泣き虫で甘えん坊な自分を押し殺して、みんなのための決断をする人なの。
「……立派な方でありますね」
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