絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #79
宿主は彼女のクローンたちだった。定着を期するならやはり本人に限る。免疫抑制剤は、そう簡単には手に入らない。
人体を六つに分割し、うち五つをそれぞれ五人のクローンに移植する。
否――置換すると言うべきか。彼女の右腕を担うクローンは右腕を切除して彼女のものと入れ替えた。左腕を担う者は左腕を。胸を担う者は胸を。腹を担う者は腹を。
それぞれ神経を接合し、骨を固定し、肉を癒着させた。
いともたやすく、アメリのクローンの体はアメリ本人のパーツを受け入れた。そして――五分の一よりやや多い罪業を宿し始める。
クローンは赤子と同じだ。何も教えず、何もさせなかった。ゆえにわずかな罪業さえ持たぬ無垢なる存在だったが――アメリの一部を受け継いだ瞬間から、それは見事に人並みの罪を背負ったのだ。
男はその結果に満足した。これで彼女は誰もに傅かれ、愛され、崇敬される本物の女神となる。
五人のアメリは、全員が掛け値なしの「青き血脈」である。通常、いかに第四大罪をその身に宿す生命と言えど、クローンに対しては衆目の神聖視がほぼなくなってしまう。殺したところで常人と大差ない罪業しか得られない。
だが――この五人は違う。アメリの肉とともに罪を移植された五人のクローンは、「複雑性の原理」によって正真正銘の「青き血脈」としてカウントされる。
五人のうち、最初に我が子を懐妊した個体を、男は選んだ。
残る四人も全員懐妊したのを確認し次第、男の計画は大詰めを迎えた。
――美しい人。救いの菩薩。あなたにすべての愛を注ごう。
選定された個体を除く四人を拘束し、菩薩の前に引っ立てた。
そして、男は、囁いた。彼女らも愛さないと。
血まみれの彼女は、八人の「青き血脈」を虐殺した彼女は、立ち上るほどの罪業を身にまとい、思いがけず幼い笑顔を男に向けた。涙が出るほど美しかった。
●
ランダム生成されたメタルセル構造のうち、たまたま大きな部屋を形成している中で、この世に降り立った新たなる救いの御子を讃える宴が執り行われた。
アーカロトは、げんなりとする。
〈美〉セフィラの住民はもともと迷信深いのだろうが、それにしてもシアラを崇めるなど、どう考えてもその信仰の破綻は目に見えている。
彼女自身は何の罪業も有していないのだ。お湯一つ沸かせない。そんなざまでアメリの代わりなど務まるわけがないのである。
とはいえ――アーカロトはそれを声高に主張する気はなかった。
皆、安らいでいたから。
シアラを囲んで、近隣住民と、〈帰天派〉の戦士と、ゼグや他の子供たちが、ひとつの巨大なテーブルで大いに飲み食いし、騒いでいたから。
罪業依存社会で、久しく見ること叶わないであろう、温かな活気があったから。たとえそれがこの場だけの儚い安らぎであったとしても。
アーカロトはそれを、自分から壊したくはなかった。
だが、問題はあった。彼らが囲んでいる料理。豪快に焼き上げられた肉。食欲を誘う匂いを放つそれらは、街のそこかしこで動かなくなっている肉虫の死骸から切り出されたものであった。
軽く精査したが、成分的には問題ないにせよ、あの、君たちよく躊躇なく口に運べるなそれ。
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