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ケイネス先生の聖杯戦争 第七局面
あるものを差し出して、それと等価な別のものを得る。
――それでは価値の総量が増えないではないか。
もちろん、あるものが、見る人によってまったく異なる値打ちをつけられるであろうことはわかるし、適切な組み合わせで等価交換を行えば実質的に価値を増大させることができるのも理解できる。
だが、迂遠である。
その「適切な組み合わせ」とやらを発見するのに、また余計な労力がかかるではないか。
何かを与えられねば、相手に与えてはならないというのか。
見返りがなくば、奉仕してはならぬというのか。
それで本当に、万民が幸福を勝ち取れると言うのか?
ディルムッドは小さくかぶりを振る。
やめよう。時代が違うのだ。聖杯によって与えられた最低限の知識で測れるほど、現代社会は単純ではないのだろう。客人の身で、出過ぎた考えであった。
だが、腹のどこかで、納得のいかないものが蟠り続けていた。思考より前のレベルで、等価交換という考え方を受け入れることがどうしてもできない。
ディルムッドにできたのは、そうした思いに蓋をすることだけであった。
●
「では本日はここまで。各自復習と修練を怠らぬよう。次回の講義までに課題は提出すること」
神経質で偏屈な印象を受けるケイネス・エルメロイ・アーチボルトという人物だが、意外にも教師として非凡な才覚を示していた。
講義の内容は理路整然としていたし、生徒の質問にも柔軟かつ明瞭に対応している。貴種に特有の堂々たる物腰と声量は否応にも耳を傾けずにはおかず、なにより自らの有する適度な威圧感を、教員として巧みに使いこなしていた。
決して生徒に好かれるようなタイプではないが、そもそも講師の本義は生徒に好かれることではない。生徒を成長させることである。その意味において、天才肌としては珍しく師としても優秀な人物であると言えた。
――この成果を、彼はきっと彼なりに努めて勝ち取った。
そのことを思うと、ディルムッドは主に対して、一言では言い表せない感慨を覚えた。彼は彼なりに自らの生徒たちを愛してはいるのかもしれない。
「あ、あの……オディナさま……でしたよね?」
問われて振り向く。席を同じくした女生徒たちが、自らの持ち物を抱きしめながら、所在なげに立っていた。
「はい。何か?」
問い返しながら、ディルムッドは内心肩をすくめた。生前においても見慣れた展開である。目の下にあるホクロは、とある妖精族の女との悲恋の結果得たものだ。乙女の心をとろかす魔力を有する。
いささか厄介なことに、ディルムッドが何もせずともホクロを見られただけで魅了の力が発揮されてしまう。
「あの、わたしたち、これからランチなんです。も、もし良ければオディナさまのお話を聞きたいな、って……」
もじもじと顔を赤らめながら昼餉の誘いをかけてくる少女たちをいじらしく思いながらも、ディルムッドは丁重に断った。
「お誘い嬉しく思います、レディ。しかし申し訳ない、すでに先約があるのです。語らいはまたの機会にということで」
そして、包み込むように微笑んだ。
少女たちは途端に顔を真っ赤にし、誰もディルムッドの顔を直視できたものはいなかった。
その一瞬の隙に、速やかに霊体化する。
――やれやれ、サーヴァントの身の上でなければどうなっていたことやら。
深く息をついた。
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