絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #67
《どこ……? おかあさん……わたし、ちゃんとやったよ……?》
邪悪にして神聖なる大樹は、枝葉を複雑に蠢かせた。
まるで無数の節足を動かす甲虫の裏側のように。
渾然と、しかして奇妙な機能的整合性を宿しながら。
大小さまざまな手指を淫靡に絡み合わせ、自己相似性構造を形作る。
その印形は、全体的な形状から指の関節一つ一つの曲がる角度に至るまでがすべてソースコードとしての意味を有し、甲零式機動牢獄と電子的に繋がった〈無限蛇〉システムへ命令を伝達する。
〈無限蛇〉は「青き血脈」の遺伝コードを確認し次第、コマンドされたソースコードを通常の生産業務よりも上位の聖務として受理。即座に〈美〉セフィラの各所に存在する自動生産プラントが一斉に探査/捕縛ユニットを大量に吐き出し始める。
中央にアメリの美貌を象った巨顔があり、その周りにほっそりとした女の腕が十二本、放射状に伸びている。まるでクラゲのようにすべての腕がなびき、屈伸しながら宙を滑るように移動している。
《おかあさん……おかあさん……わたし、いいこにしてたよ……》
それが、数千機。一斉に母を求めながら周囲一帯を探査しはじめる。
●
「はッ、馬鹿なガキだねぇ。ほんと、見るに堪えねえわ」
罪業駆動飛行艇の甲板で、リクライニングチェアに身を横たえながら、ギドは葉巻を吹かした。
「〈クーニアック〉、ここも安全ではありませんよ。どうなさるおつもりで?」
その隣で侍従のごとく控えるのは、邪悪にのたうつ溝のすべてに血のごとき罪業光を湛えた、恐ろしく緻密な造形の甲冑であった。視界に入るあまりの情報量の多さに、慣れていない者なら眩暈を覚えることだろう。
蛇腹状に連結した鋼板が、生物的な曲線を描きながら人体を覆っていた。それら装甲の継ぎ目からも夕闇にも似た陰惨な光を漏れ出させている。
漆黒の素体の上から、骨色の増加装甲が装着され、その輪郭に天使めいた印象を付与していた。
乙零式機動牢獄。
「アメリ・ニックラルズ・ヴァルデスの罪業値は私の三倍強です。他の甲零式ならばどうにか活路も拓きましょうが、あればかりは無理ですよ」
「お前、どっちだい?」
「は?」
「親とガキのどっちを殺したのかって聞いてんだよ」
「……片親を」
「ふぅん。なんで?」
「それは今重要なことなのですか? 〈クーニアック〉」
「別に? ヒマだし世間話でもしとこうかと思って」
「状況をわかっておられるのですか? この飛行艇の速度ではアメリの探査/捕縛ユニットを引き離せません。即時の退却を具申したいのですが」
「あぁ、それかい?」
煙を口の中で燻らせたのち、綺麗な輪の形に吐き出した。
「前進しな」
「は?」
「前進しろっつってんだよ。あの役満ビッチの正面に陣取りな」
「あの、しかし、」
「ア? 〈トリスケリオン〉、欲しくないのかい?」
「何か考えがあってのことなのですね? 唐突に母子の情に目覚めてこの身を捧げようなどということは考えていませんね?」
「安心しな」
邪悪な美貌に、嗤笑が浮かぶ。
「それだけはねえわ」
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