
閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #16
「当然ながら」というべきか、「奇妙なことに」というべきか、彼は自由を望んだ。魔導学者の実験室にあった魔力式人形の駆動構文に割り込み、その機能を掌握して逃走しようとしたのだ。それを阻んだ人間を、人形の性能限界を超えた運動能力で打ち倒し、窓を破って広い外へと飛び出していった。
捕らえて欲しい、という依頼が、役所を通じた正式な形でフィーエンの父親の元へと届けられたのは、その数時間後だった。
今、彼は意志持つ構文の宿る人形を袋小路へと追いつめていた。
魔術士は人形へ向けて両手の拳を突き出した。詠唱と共に、くっつけていた拳と拳を徐々に離してゆくと、間に青く光る半透明の棒が顕れた。腕を開いてゆくにつれてその棒は長くなり、ついには穂先と石突を両端に備えた魔導槍と化した。
槍が頭上で翻り、閃光のような打突となった。
白い壁に激突した。魔力が炸裂し、漆喰の破片が飛び散った。が、そこにはもはや人形の姿はなかった。彼の視界のどこにもいなかった。しかし慌てもせずに得物を腕に添うように引き戻すと、舞うような体の捻りから槍を反転させ、石突を斜上へ突き出した。上から飛び掛かって来ていた人形がちょうど鳩尾の部分を打ちのめされた。
こんな狭い行き止まりでは、上に跳躍する以外に槍撃を逃れる手がないことを、魔術士は把握していたのだった。
魔導槍の石突に刻まれていた『解呪』の呪紋が青く輝き、人形を動かす熱量の揺らぎ――魔力を凪状態に戻してその活動を停止させた。
空中で人形は力を失い、着地もできないまま地面に叩き付けられた。
魔術士は構えていた槍を下げた。「簡単だったな」と嘆息した。
ごそり、と右方で何かが動く気配がした。
次の刹那、魔術士は輝く槍を横合いへ突き出していた。鋭利な穂先は今まさに襲いかからんと突進していた影を正確に貫いた。それは、袋小路の一角で廃物同然に打ち捨てられていた工業用魔導作業機械であった。配線が剥き出しの作業腕を振りかざし、やはり性能限界を超えた瞬発力をもって剣呑な意志を行動に移していた。
「“乗り換えた”というのか!」
魔術士にとって誤算だったのは、咄嗟に石突ではなく穂先を敵に撃ち込んでいたことであった。穂先には『解呪』の呪紋が刻まれていなかったのだ。
槍は見る間に鋼の中へ埋没してゆくが、それは彼が得物を敵に突き入れているからではなかった。魔導槍は鋭利であった。それゆえ敵の歩みを止める役には立たなかった。
一瞬のことだ。
鋼鉄の巨大な腕が男の体へ撃ち込まれ、赤い華が咲いた。
フィーエンの父が死んだ真相であった。
●
避けなければ良い。
それだけのことだ。
単純に過ぎる。解決策とすら言えない。
だけど、これ以上のことはちょっと思いつかない。
被弾が怖いからといって逃げ回るのはもうやめる。脚を止め、腰を落とす。
嵐のように間隙なく撃ち込まれてくる呪弾式を片端から斬り捨てながら、レンシルは痙攣する鼓動を抑えた。
剣と砲弾の接触点から伝わる非常な圧力が、脚を地面につなぎ止めている。
前大会の時も、似たような展開だった。同じようにレンシルは脚を止め、ウィバロは撃ち続けていた。
だが、その意味は違う。どうしたら良いかまるでわからず、じり貧の袋小路に追い込まれ、精神力で押し負け、戦う意志と手段を根こそぎ奪われていたあの時とは。
力を絞って、振るい、突き、薙ぐ。しかし、ただ攻撃を打ち消しているだけではない。
慣れて来たら、剣を振る動作に少しずつ一定の傾向を与える。
振り下ろしたら右斜上に。
振り上げたら左斜下に。
右へ薙いだら左斜上に。
左へ薙いだら右斜下に。
余裕があれば定点に刺突を穿つ。
魔導剣の描く紅い軌跡に、傾向を与える。法則を――意味を与える。
点。線。角。弦。弧。円。相似。厚み。歪み。捩じれ。
描く。魔弾を斬り散らすかたわらに。気付かれぬように。
結果を導き出すための過程。解を求めるための式。魔術を喚起するための紋様。術式を構成する線は細く薄く、遠目にはほとんどわからない。増してや、斬り砕かれた呪弾式の構文と魔力が爆ぜて光るこの状況では。
――あともう一太刀!
閃く。砲撃を叩き斬りながら、完全なる角度で閃く。最後の線が加えられ、魔法陣が完成する。式と解が等符号で結ばれる。魔力が整然と流動を始める。
発動。
意に介さず猛進を続ける呪弾式は、続々と法陣の中央を通過し――
瞬間、向きが反転した。
まるで最初からそうであったかのように、破壊の呪文はウィバロへ向けて殺到する。
砲魔術師は、顔色も変えなかった。淡々と、己に反逆した呪弾式群を迎撃する。
同種、同威力の攻撃術法が激突し、行き場を失った呪力が光と衝撃に変じて爆発した。
――それでいい!
レンシルは強力に疾走していた。交互に撃ち込まれる脚の下で床が連続して砕け散り、反発力が瞬時に体を最高速度の領域に押し上げる。大気の抵抗を力任せに跳ね飛ばす。視界を灼く爆光の中に飛び込んで、突っ切った。
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