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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #6
たまに、だが。
こうして並んで歩いていると、ぼくたちが周囲の人々にどう見られているのか、多少なりとも気になってくることがある。
「それでねー、アイツってばアレで臆病なところがあるから――」
屈託なく喋りつづけるリツカ先輩の話に相槌を打ちながら、思いに耽る。
彼女の横顔は、夜の街の明かりで白く浮かび上がっていた。紺のブレザー姿なので、余計にそう見える。
今となってはやや野暮ったくもあるウルフカットの髪型も、茶目っ気に富む彼女にはふさわしい。
可愛らしいひとだな、と感じる。
素直にそう思う。
だから、『ぼくたちが周囲の人々にどう見られているのか』という益体もない命題に思考をめぐらせる時、ある単語が脳裏をチラついたとして、一体誰がぼくを責められよう。
「でも、よく考えてみると笑えないよね。あの子にだって――」
そもそも、ぼくは彼女のことをどう思っているのか。
憧れは、抱いている。尊敬もしている。
一緒にいて楽しいひとだ。
時折ツッコミに殺傷力が伴っているのも愛嬌だ。
好きか嫌いかで言えば間違いなく好きである。
が、その感情が『異性として好き』なのかというと、深く考え込んでしまう。
ぼくの中における霧散リツカへの好感は、もっと根源的な〝美しさ〟に対する崇拝じみた感情と、わかちがたく結びついている。
その美しさとは、すなわち彼女の振るう剣に宿る人格と魂に対するものだ。
ひょっとしたら、自分で区別がついていないだけなのかもしれないが――
――グチィッ
うむ。懐かしい感触だ。
額から浸透してきた衝撃で朦朧としながら、そう思った。
「もー、話聞いてないでしょっ!」
ぎょっとするほど間近で、彼女の声がする。
見ると、視界全体に彼女の顔が広がっていた。澄んだ、茶色い瞳が睨みを効かせており、『怒ったぞ』という情報を雄弁に物語っていた。
……どうも、おでこをぶつけ合った状態のようだ。
「いえ、そんなことは」
さすがに一歩退きながら、中身のない弁明をする。
「うーそー! キミが「自動頷きモード」に入ったら一発でわかるんだからねっ!」
しょうがない、素直に謝っておくか。
「ごめ」
「あっ、マリセンだ! ねえ、ちょっと入ってこうよ」
……この人の怒りは持続しないのが常だが、いくらなんでも持続しなさすぎだと思う。
謝罪の言葉くらい聞こうよ!
『水族館マリントピアの向かいにあるゲームセンター』略してマリセンに引きずられていきながら、ぼくはやるせない感情に突き動かされて夜空を見上げた。
街の明かりにかき消されて、星はほとんど見えなかった。
●
「ぬぅぅ……っ」
UFOキャッチャーは、アームが三本爪の機種を選ぶのが鉄則である。
最も掴みやすく、最も安定する形なのだ。
「むむむ……」
そして、ワンコインゲットに執着しないこと。まずぬいぐるみの手足を掴んで前にずらし、二回目のアタックで頭を鷲掴みにして穴に落とすのが王道だ。
「ぐ……っ」
店側の絶妙な配置により、よほどの凄腕でもないかぎり一撃で落とすことはとても難しくなっている。取れそうに見えて、取れない。その陣立ての妙。
――などという知識とはまったく関係なく。
「おつかれ~!」
ぼくは千円使ってやっと一つ落とすという、パッとしない成果に終わった。
景品の平均価値が二百円~三百円という世界にあっては、完全なる敗北である。
そして大枚はたいて手に入れた戦利品は、名状しがたいレベルで虚無的な眼を湛えたタコのようなエリマキトカゲのようなよくわからないキャラクターだ。怖い。
「うわぁ~、いいないいな、かわいいなっ」
ぼくにまとわりつきながら、眼を輝かせている。
この人の趣味がわからない。
「……よろしければ、どうぞ」
「わ~い」
ぬいぐるみを抱き上げながらクルクル回ってはしゃぐ先輩。スカート広がってはしたないからお止めなさい。
抱き上げられるタコトカゲの死んだ眼を見ながら、ふと思う。彼女の部屋は、あんな冒涜的な恐怖に満ちた造詣のぬいぐるみがひしめいているのだろうか、と。
その想像に地獄めいた戦慄を覚えながら、気分を変えるために何気なく眼を転じた。
「……え」
ツネ婆ちゃんがいた。
ように見えた。
ガラス張りの大きな出入り口から、向かいの水族館が闇の中でほのかに見えるのだが、その足元に浴衣を着た小柄な人影があった……ような……
いやいや待て。
こんなところにツネ婆ちゃんがいるわけがない。
「ア~」しか言えないような状態でホームヘルパーの加藤さんを出し抜いてこれるとは思えないし、そもそも外出すべきいかなる理由も婆ちゃんにはない。
だから、あれは婆ちゃんではない。
遠目にちょっと似た人だったというだけだ。あるいは、単なる気のせい。
そう思う。
思うのだが……
チラと後ろを見る。
先輩が、勇んでUFOキャッチャーに挑んでいた。前のめりだ。
テコでも動きそうにない。
「先輩、ちょっとここで待ってて下さいね」
「うーん、頑張るよ」
聞いてないなこの人。
まぁ、あと三十分はここで粘っていることだろう。
「すぐ戻ります」
ぼくは駆け出した。
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