絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #8
アーカロト・ニココペクは、こめかみに伝う汗をぬぐう暇もなく、必死に足を進めた。
心臓が苦しげに身悶えする。
全身にインストールされた軽功の術理が、その矮躯を疾風の速度で前に射出していたが、その実余裕は全くない。恐らくこれでは逃げ切れない。
原因は、無論自分と同じくらいの体重を持つ少女をわきに抱えているためであるが、それ以前にこの軽功は暗い目の男が自らの体格、体重、膂力に合わせて最適化してきたものだ。前提となる肉体性能がまったく違う以上、最大効率での運用は望めない。常人から見ればぎょっとするほど速いが、目にも止まらぬほどの速度ではない。
〈原罪兵〉たる敵の身体能力ならば、捕捉されるのは時間の問題であろう。
――撃退、しかないのか。
足を止める。少女をゆっくりと床に横たえ、キッと振り返る。
狭い路地の、街路灯の明かりが差し込む曲がり角から、ぬう、と巨大な影が現れた。嗜虐心すら感じられるほどに遅々とした動作。
現れたのは――頭部を刈り上げた、温和な目つきの巨漢だ。黒目がちな瞳に、慈悲深い光がある。だが、口元の下卑た歪みが、どこか高潔な印象をスポイルしていた。
「あァ? 追いかけっこは終わりか? テメェもそいつを強姦して孕ませる気か? 〈原罪兵〉にテメェみてえなガキがいるなんざ聞いたこともないぜ」
もうこの時点でアーカロトは言葉を交わすのが嫌になった。
わかっていたことではあるけれど。
この気の狂った世界を作り上げたのは、自分だ。こうなるとわかっていながら、アーカロトは第五大罪を紡ぎあげたのだ。
――この人ひとりをどうにかして、それで清算ができるわけがないけれど。
それでも。
アーカロトは刻まれた量子情報を呼び覚まし、痩せこけた体を前に打ち出した。
轟音。
爆撃じみた本家本元の震脚にはかなり見劣りするものの、アスファルトにひびを入れる程度の威力はある。総身を駆けあがってくる反動を練り、織り、捩り、腕の先に導く。
ヴン、と唸りを上げ、赤熱する銃身。
腕が伸び切った瞬間、銃口が爆裂した。
こちらもおススメ!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。