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ケイネス先生の聖杯戦争 第三十局面
破竹の勢いでバーサーカー陣営を軍門に下し、御三家の一角である間桐家を崩壊させ、ランスロットという強烈な手駒を増やしたケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
さらにはランスロットの唯一の懸念事項であった燃費問題すら一定の解決を見たことで、緒戦はまずこれ以上ない上首尾で終えられた――
――などとは一切考えていなかった。
未だに姿を見せぬ「監視者」に対する脅威度判定が、彼の脳内で着々と順位を上げつつあった。
徹底的に位置を悟らせず、こちらの動向を注視して情報を抜き続けているこの存在をこれ以上看過しておくことは、聖杯戦争を進めるうえで重大なリスクとなる。
そう確信したケイネスは、一計を案じることにした。
●
「どうか、どうかお考え直しを! あまりにも危険すぎます!」
「お前は私に求められた時だけ意見を言えばいい。今はそうではない」
「ではせめて理由をお聞かせ願いたい!」
ディルムッドは必死だった。主の語った今後の予定が、どう考えても自殺行為にしか思えなかったから。
だが、同時に胸のどこかで諦めてもいた。ケイネスどのは自分の諫言で意志を引っ込めるような御方ではない。
「良かろう、説明してやる」
そんな意外な言葉が帰ってきたとき、ディルムッドはなんとなくケイネス・エルメロイ・アーチボルトの奇妙な性質の一端を理解した気がした。
「姿を見せぬ「監視者」は己の領分を完全に弁えている。決して自らの居場所を明かさず、サーヴァントには手向かわない。そして私は際限なく情報を抜かれ続け、「監視者」と同じ陣営のサーヴァントに対して著しい戦術不利を被ることになる」
聖杯戦争において、サーヴァントの強弱よりも、情報戦の成否こそがより重要であるという理屈は、ディルムッドもなんとか理解できた。
その種の駆け引きに、生前の主フィン・マックールはすこぶる長けていたから。彼の偉大な背中を見守り続けたディルムッドにも、情報というものが持つ恐るべき価値を朧げに飲み込むことはできた。
「だが奴は決して私の前に姿を現わすことはあるまい。ランサー。お前が傍にいるかぎりはな」
つまるところ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは傲岸で冷酷な男だが、教えを請われるとどういうわけか普段の合理的思考を捨ててまで難解な諸々の事情をわかりやすく嚙み砕いて説明してしまうという、奇妙な性を抱えているのだ。
もはや魂のレベルで「講師」なのである。
「単独行動の理由はあとふたつある。ひとつ目はバーサーカーがいまだ戦闘可能な状態ではないため、お前が私についてくると雁夜と臓硯を守る戦力がいなくなるということ。せっかくの手駒を無為に失うのはさすがに惜しい。ふたつ目は、お前が粗製乱造した使い魔どものもたらした情報を、いまだにすべては確認し切っていないということ」
ハツカネズミの使い魔たちが「帰ってこなかった」位置座標に対する徹底調査。たしかに初手でバーサーカーを引いてしまったためにすっかり忘れていたが、他にも聖杯戦争関係者の存在を示唆する欠落情報はあった。
「情報は水物だ。昨日まで真実であっても、次の日にはそうではなくなるかも知れない。可及的速やかにすべての敵陣営の位置情報を確かなものとすべきだ。理解できたか? 何か質問は?」
ディルムッドには、反論の言葉がどうしても思いつかなかった。
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