ケイネス先生の聖杯戦争 第十九局面
硬質の悲鳴と絶叫が連続し、物理的な衝撃波と魔力のフレアが炸裂する。物理法則への明らかな狼藉に、下水道の淀んだ空気すら癇癪の絶叫を上げた。
超常の宝具の激突は、すでに数十合を越える。艶やかなる紅槍と、穢れたる黄槍は、変幻自在にして強壮無比なる威力を湛えて輪舞し、閃光と化し、擦過した人工物を砕き散らした。
――なんたる……ッ!
ディルムッドは、驚嘆を通り越して戦慄していた。
状況は明らかに自分に有利なはずだ。頸椎の破断は脳神経系の機能を低下させ、まともな思考など到底不可能な状況にあるはずだ。
にも関わらず、なんだこの技巧は。バーサーカーは目すらまともに見えていない負傷の身で、ディルムッドの神技に対して一歩も引かずに完璧に対応していた。どころか膂力の差で押してすらいる。
ある時代の中で無双の頂に至るまで研ぎ澄まされた、武錬の冴え。
戦士としての、ひとつの「究極」がそこにあった。
自身の顔の左半分を抉り取った負傷は、すでに主の治癒魔術によってほぼ完治していた。両目による立体視が回復しておらねば、この猛攻をしのぎ切ることはできなかっただろう。
だが、それでも爆撃のごとき威力の打ち込みを受け止めるたびに骨が軋み、筋肉に内出血が刻まれた。
汚染された〈必滅の黄薔薇〉は、濃密な神秘を纏い、〈破魔の紅薔薇〉と凌ぎ合っている。回復阻害の呪いもいかんなく発揮されるであろうことは感じとれた。
すなわち、今生の主に聖杯を捧げることを考えるなら、かすり傷のひとつすら負うことは許されない。
冷たい汗が、こめかみを伝う。よもや初戦からこれほどの窮地に立たされるとは。
だが同時に、猛き焔が胸中に沸き立ちもする。
――名も知らぬ騎士よ、俺は今、あなたの首がどうしても欲しくなった。
腹の底から、闘志とともに裂帛が発せられる。
戦いの歌。荒々しくも清澄な太古の活力が、ディルムッドの総身を満たす。
ひときわ巨大な魔力の炎が狂い咲き、死合う両雄は弾かれたように間合いを離した。
紅槍をひと撫でし、身を低く構える。
バーサーカーは、構えらしい構えもとらず、獣のような前傾姿勢だ。
張り詰めた静寂が、大気を凝固させる。
やがて、バーサーカーの巨躯を包む、闇黒淵のごとき全身甲冑が、煙のように姿を消した。
フルフェイスヘルムを脱ぎ捨てても、その顔や風体は一向に判然としない。体格から恐らく男だろうということ以外、何もわからない。姿がぶれ、歪み、まるで焦点のズレた映像のようだ。何らかの超常的な力によって、正体が隠されているのだろう。
だが、ディルムッドが真に戦慄を覚えたのは、「鎧を捨て去った」という事実の方だ。
深紅の魔槍に対して、魔力で編まれた防具など何の意味もないことに気づいたのだ。今まで鎧の維持に使っていた魔力を、すべて身体を駆動させるエネルギーに回すつもりだ。
すなわち、次に来る一撃は、今までの比ではない。
絶体絶命の渦中にあって、ディルムッドの頬に、凄絶な笑みが走った。
こちらもオススメ!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。