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かいぶつのうまれたひ #10
「ぎゃああ! ヘンタイさん!」
射美が怯えきった様子で距離を取った。学校襲撃時の体験からか、こいつは謦司郎をやたらと恐れている。
「ウサ耳には目もくれずに開口一番シモネタを言えるお前はある意味すげえよ……」
攻牙が呆然と呟く。
「はっはっは、三人ともおはよう。なんか凄いことになってるみたいだね」
謦司郎はいつもにこやかだ。
相変わらず背後から出てこないので確認できないが、間違いなくいい笑顔だ。
「まぁ要するにこの耳が朝起きたら生えていたってことらしいんだがよ」
「えっ、『生えていた』ってそっちのことだったのか……」
「急にどうでもよさそうな顔をするなよ! ……それでケモナー界隈にも精通している汎用ヒト型決戦変態であるところのお前はこの有様になんか心当たりはねえか?」
「あぁ、これはあれだよ、何かの願望のメタファーなんじゃないかな。こう、体のある部分をもっと多く生やしたい的な。一本じゃ足りない的な」
「誰もお前の願望は聞いてねえ!」
射美は「フーケーツーでーごーわーす~!」耳をふさぎながら走り去っていた。
結局、教室でもクラスメートに騒がれてもみくちゃにされる。
彼らの感想を総合すると、「かわいい」が一割、「シュール」が二割、「病院行け」が七割といったところだ。
そんな中、霧沙希藍浬の感想だけは篤を瞠目せしめた。
「す、諏訪原くん……」
彼女は白い繊手を二つとも口に当て、目を丸くしていた。
「む、霧沙希か」
篤は誇らしげな足取りで、藍浬に歩み寄った。
「どうだ、俺の頭蓋より生じたる二本の誉れ……は……っ?」
言葉が乱れる。
なぜなら、その誉れ高きウサ耳を、藍浬が無造作に掴んだからだ。
掴んだっていうか、握り締めた。
「き、霧沙希……!?」
「うーん……」
自らの頤に人差し指を当てながら、藍浬はすっきりとした眉を寄せて思案する。
その間も、ウサ耳を掴んでニギニギ。
強い力が加わるたびに、篤の眉はピクピクと動いた。
「んん~……」
数秒経っても、藍浬は思案顔。
だんだん汗を流しはじめる篤。なんか、尻尾を掴まれたトカゲの気分。
トカゲと違うのは、切り離して逃げることができないという点である。
藍浬は、親指の腹でウサ耳の毛並みをさすりつつ、人差し指と中指で挟んだり、先っぽの方を小指で弾いたりする。
その手つきに淫猥な妄想を膨らませた謦司郎が息を荒げすぎて過呼吸に陥ると言うハプニングがあったものの、二人の間には何の影響ももたらさなかった。
やがて、考えがまとまったのか、藍浬は燦々と微笑んだ。
「かわいいっていうのはもちろんだけど、どちらかというと綺麗、かな? アサンブラージュ的な何かを感じます」
「おぉ……」
篤は思わず藍浬に手を差し出した。
「この、かそけき曲線と無垢なる白皙が織り成す秘めやかな美を認識してくれたのは、お前だけだ」
「う、うん、どういたしまして」
藍浬はびっくりしたように篤の手を見ていたが、やがて躊躇いがちに握り返した。
つつましやかな、シェイクハンド。
触れ合った藍浬の手は、篤のそれよりも少し熱を持っていた。
チャイムが鳴った。
●
かくしてようやく期末試験一日目は始まり、終わった。
席を立つ生徒たちの喧騒で、にわかに慌ただしくなる教室。
「うむ、死力は尽くした。たとえ今死ぬとしても、悔いは残るまい」
「死んだ! ボクの夏休みは死んだ! 蘇生不能!」
「うーん、わたしはちょっと地理があぶないかも?」
「ところで、税務署の地図記号って卑猥だよね……」
篤、攻牙、藍浬、謦司郎の四人は、それぞれの思いを胸に、顔を突き合わせた。
「……忘れていたことがあるんだぜ」
攻牙が神妙な顔で口を開く。
「何だ。トイレは廊下に出て右に曲ったところだぞ」
「おめーにそんなことも覚えてられないアホだと思われていたことがショックだよ」
小さな手で眉間を揉みしだく攻牙。
「今朝学校に行く時に襲い掛かってきたイケメン変態がいただろ! あいつのことだ!」
「いやいや、イケメンなんて、そんな……」
謦司郎が照れくさそうに言った。
「確かにお前もイケメンで変態で学校行く時襲い掛かってきたけど違う! 今言いたいのはお前のことじゃない!」
「……ひょっとして、鋼原さんのお友達が来ちゃったの?」
うまい具合に藍浬が話を戻した。
「あぁ、あのタレ目の男か」
篤がぽんと手を打った。
「そいつに関してなんか対策とか立てなくていいのか? 見た感じ鋼原〝リバースブラッド〟射美よりやっかいそうな感じがしたが」
「ふぅむ……そうだな」
――実際のところ。
やっかい、どころの騒ぎではない気がした。
登校中の交戦において、篤は敵にバス停を抜かせることすらできなかったのだ。
それよりなにより、あの男には今までの相手にない凄みがある。
呼吸をするように人を殺める気配。今日の天気の話をする片手間に人を殺める気配。
ゾンネルダークもしきりに殺す殺すと叫んでいたが、あれはもう逆上したチンピラが吼えているのと大差はない。
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