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ケイネス先生の聖杯戦争 第三局面
「……あくまで誠意を見せるつもりはないというわけか」
青い瞳はどこまでも冷たく、共感や同情の色など微塵もなかった。
そして、こちらのことを微塵も信用していないであろうことも、ひと目でわかった。
焦燥。こちらとしては彼をマスターと認めるに不足はないのだが、彼はこちらをサーヴァントと認めるに不足であるという。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトという高貴な主君を得られた千載一遇の好機、手放すには惜しい。
だが、わからない。彼はいったい、自分の何が不満だと言うのか。敵意や悪意を向けられたことは数知れずあるが、信用されなかった経験はない。
「……何度問われても、私の答えは変わりません。ただ、あなたに忠誠を捧げ、共に誇りある戦いを全うすること。それ以外の何も望みません。いったいこの答えの何がご不満なのか、私には理解の及ばぬことです」
ぎり、と。
今度こそはっきりと歯ぎしりの音がした。
「聖杯に望みを持たぬサーヴァントなどいるはずがなかろう! 貴様の妄言は二心を隠すためのものでしかありえんと知れ! もしそれ以上下らん茶番をつづけるつもりならば令呪に訴えることになるぞ!」
ディルムッドは喉の奥で呻いた。令呪とは、七人のマスターに聖杯から与えられる、自らのサーヴァントへの絶対命令権だ。英霊たちにとってはもちろん不本意な鎖だが、合意のもとで支援目的に使用すれば、強力な武器にもなりうる。
たった三回しか使えない切り札を、こちらの痛くもない腹を探るのに使うと言うのだ。端的に言って無為な浪費である。
臣下として、主君の過ちは命を賭けて諫めねばならない。
もはやこれまで。ディルムッドは覚悟を決めた。
「自害をッ!」
「……なに?」
「自害を、お命じ下さい」
「貴様、気でも触れたか?」
「我が本心はすでに述べました。しかしどうあっても信用して頂けないのならば、我が望みは戦いが始まる前から潰えたも同然。ならばもはや現世に留まる意味もなし。自害をお命じ下さい。令呪もいただきません」
大気が張り詰めた。
沈黙が降り積もる。
「貴様は……」
それ以降、言葉は続かなかった。
ケイネスの貌は、一見してなんと名付けたらよいのかわからぬ感情によって歪んでいた。
信じられぬ、理解できぬものを見る目。
やがて、嗜虐に満ちた嘲笑へと表情は歪んでゆく。
「くく、大きく出たではないか。それで誠意でも見せたつもりか? 馬鹿馬鹿しい。ならば問おう――」
不条理な貴種の霊威が、圧を増した。
「貴様の生前の活躍は知っている。天晴な武勇だが、さて、貴様は己の生きる道を何と定義する?」
「無論、騎士としての道です」
「即答か。だが聖杯戦争は甘い戦いではない。時として騎士道にもとる非情な術策を執らねばならぬこともあるだろう。お前はそのとき騎士としての道と、私への忠誠、どちらを優先するつもりなのか。今ここで答えよ」
「それ、は……」
口ごもる。予想だにしなかった問いであるから。生前においてそのふたつが矛盾することなどあり得なかった。フィン・マックールほど公正で寛大で勇敢な主君などおらず、忠誠と正義の板挟みになど陥ることはなかった。
「どうした。答えられんか。ハッ! 馬脚を現したな」
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