絶罪殺機アンタゴニアス #2
機動牢獄に音声を発する機能はない。
代わりに忙しない駆動音。節足の痙攣。一斉にセンサーを爆心地に向けてくる。
彼らが状況を理解し、こちらに機銃を向けるまで一秒弱。経験上、それはわかっていた。
音もなく、男は鋼板を駆け抜けた。二挺の拳銃とロングコートが後ろに流れ、地虫のごとき低姿勢で機動牢獄たちの懐に入り込む。入神の軽功による疾走だ。常人の目では捉えられぬ。
だが、機動牢獄の動体センサーは容易くその動きを捕捉。一瞬遅れて機銃の銃口がそれに追随する。
再び、爆音。
放射状にめくれ上がった床を残して、男の姿が消えた。
否――機動牢獄の〈目〉は沈墜勁からの跳躍で真上に舞い上がった男の姿を捉えていた。だが、内蔵された囚人たちの脳はそうはいかない。人間は上下の動きには反応が遅れる。
ロングコートが翻り、暗い目の死神は爆音の際に返ってきた強烈な反動を丹田で回しつつ、しゃくるような動きで両腕を振るった。
ひとつながりの射撃音とともに、二挺拳銃からマズルフラッシュが迸る。
さきほどの龍が咆哮のごとき重厚な勁力の乗った一撃とは比較にならぬ、ただの拳銃弾以上の威力は一切ない射撃。その上、見当違いの方向に弾丸は飛んでゆく。
だが――見る者が見れば男の腕の動きが正確な対数螺旋を描いていることに気づいたであろう。
銃弾が、曲がった。
左右の銃はそれぞれ逆向きのライフリングが施されており、これに同期する射撃フォームによって、ばら撒かれた十発の鉛玉には化勁の作用が乗る。
飛翔に使われる運動量が損分なく方向を変え、機動牢獄の装甲の狭間に飛び込んだ。
瞬間、十機の機動牢獄に内蔵された十人の囚人たちは、唐突に訪れた暗闇とエラーメッセージに声ならぬ悲鳴を上げた。
動体センサーが、撃ち抜かれたのだ。
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。