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絶罪殺機アンタゴニアス #8

  最初

 はっきりと、自覚した。
 なぜ自分がまだこの苦界に留まっていたのか。なぜ無意味に生きながらえていたのか。
 ――何かの間違いであってほしかったから。
 ささやかな家庭を破壊し、愛した女を惨たらしく殺めたのは、
 「社会」や「秩序」という曖昧模糊とした存在であり、
 この悲劇に男の息子は関わってなどおらず、
 今でも男の助けを待っているのだと、
 そのような甘い夢想の中で、
 殻に閉じこもった。
 だが――今目の前にいる少年が、凛々しく成長した我が子であることを、男はどうしようもなく実感してしまった。
 そして、実の息子が乙零式を自在に駆れている現実が、ひとつのごまかしようもない事実を告げていた。
「殺し、たのか……お前が……母さんを……」
「うん。殺したよ」
「四肢を、端から、少しずつ、切り落としていったのか」
「うん。僕がやったよ。そういう処刑装置があってね、スイッチを押したのは僕だよ。お母さんは、とても、とても苦しんでいたよ。あなたに助けを求めていたよ。それを見て、僕はとても、とても胸が痛んだよ」
「何故だァッ!!」
 擦り切れるような、血を吐くような慟哭。
 極罪人は、目尻から一筋、涙を流した。そして視線を落とし、言葉に迷う仕草を見せた。
「どうしよう。どう答えればいいのかな」
「あいつは……お前を……愛そうとしていただけ……なのに……ッ」
「うん。それは知ってる。そういうことじゃなくてね、『親殺しは貴重なエネルギーソースになるから、世界のために僕は仕方なくやったんだ』っていう醜い言い訳と、『理由なんてないよ。殺したかったから殺したんだよ』っていう薄っぺらい開き直りと、どっちがより罪深いのか、どっちがよりあなたを絶望させるのか、それがわからなくてね。どっちがいいと思う? あなたが苦しむ方の答えにするから」
「……ァ……ァ……」
 男は、這いずって少しでもこの怪物と距離を取ろうとした。体は無様に痙攣するばかりだった。
「お父さん」
 ぽろぽろと透明な涙をこぼしながら、少年は微笑んだ。
「僕、本物の天使になるよ。救いの光を放ち、みんなの笑顔を守るよ。涙を流す子供は、僕で最後にするよ」
「何を……お前は……何を言っているんだ……ッ!」
 骨色の鉤爪がゆっくりと飛来して、男の左小指を抉り飛ばした。
 唐突に走った激痛に、呆然とする。
「大好きだったよ、お父さん。本当に、愛していたんだ。お父さんみたいな強くて優しい人になりたかった」
 限りない慈しみと、たまらないほどの愛しさを抱きながら。
 極罪人は男の指を一本ずつ切断しはじめた。
「ア、あ、ああああああアアアア!!」
「この世で一番好きな人たちを供物に捧げて、僕の罪業は完成する。お父さん、お母さん。生んでくれて、ありがとう。育ててくれて、ありがとう。いっぱい褒めてくれて、ありがとう。抱きしめてもらえなかったのは哀しかったけど、でも大丈夫。愛してくれていたのは、伝わってたよ。ちゃんとちゃんと、わかってたからね」
 薬指。中指。人差し指。
 滂沱と涙を流し、堪え切れない悲痛に眉を歪ませながら、粛々と。
 親殺しの少年は。
「たくさん、たくさん苦しんでね。あなたが苦悶と絶望を感じる一瞬一瞬に、僕の胸は張り裂けて、代わりに罪が流し込まれてゆくんだ。お母さんの時も、そうだったように」
 男は。
 苦悶をかみ殺して。
 右手の先に銃把を感じた。

【続く】

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