仕方ないから聞いてやる
「で、五年前の冬の初めに?」
「あぁ、おう……ええと、その時はまだモヒカン病が発症してなくて、パイオツを見たい時に好きなだけ欲しいだけ舐めるようにいやらしくガン見しまくれたんだけどよ」
「え、生まれつきじゃなかったのでありますか」
「たりめーだおめー、生まれつきこうならそもそも女好きになんざならねーよ。で、まぁ、コータが買い物行くってんでなんか知んないけど俺が荷物持ちに駆り出されたんだけどよ。あ、コータってのは、あのーなんか俺の舎弟? 的な? サムシングでな。でまー、デパートに入った」
「でぱあとって何でありますか?」
「そっからかよ!!!! なんかこう、すげえでかい店だよ!!!! そんでな、まぁ服とかアクセサリーとかテキトーに見てたんだけどさ、まぁコータがあちこち引っ張りまわすもんだからちょいとバランスを崩すじゃん? 倒れそうになるじゃん? その先に見知らぬパイオツのデカいねーちゃんがいるじゃん? 俺はバランスを取り戻そうと言う抵抗を放棄して倒れ掛かるじゃん? 顔からダイブインするじゃん? 天国じゃん? したらおめー、ブッ飛ばされるじゃん?」
「お、おう……」
「でまー、気が付いたらベンチでコータの膝枕状態ですよ。なんかすっげぇむくれてますよ」
「あの、ちょっと待ってほしいであります。コータ氏って女性なのでありますか?」
「たりめーだろおめー男なんかが俺を膝枕しやがったら俺はその場でそいつをぶっ殺しとるわ!!!! で、まぁ俺はブッ飛ばされる直前の感触が忘れられず、おもむろにコータの胸をまさぐってみたわけだが、まぁ当時の奴は哀しいまでにまな板ですわ。俺はその虚無感に大いに失望して深い深いため息をつきますわ。したらなんかコータが顔面に肘を落としてきやがったんだよアイツマジありえねー」
「いや当たり前でありますよ!!」
不意に、横でシャーリィが作業の手を止め、自分の胸に両手を当てた。
感触を確かめるようにわしわしとぞんざいに揉んだのち、フィンのほっぺに片手を伸ばしてきた。
もにゅもにゅと頬肉をこねくり回し、うんうんとしきりに頷いてから花が咲くような笑みを浮かべ、作業に戻った。
よくわからないが何かの納得を得たらしい。
「……」
「……」
「……え、えっと、それで?」
「あ、あぁ、それでだ。俺はその時悟った。パイオツとは、素晴らしいと。この世で最も価値を持つものなのだと。だからあのー、あのとき顔を埋めた感触を再び味わおうと一念発起して爛れた性春時代を送った俺であったが、しかし本物のパイオツというものは好きな時に好きなように触れるわけではないといういかんともしがたい制限があることに気付いた。本人の同意なしに揉みしだこうものならSWATとかが飛んで来て射殺される。撃たれるとちょっと痛いじゃん? 拳銃なら痛気持ちいいまであるが、ライフル弾とかは速いしとがってるしでそこそこ痛いわけだ。あれほっとくとアザになるからな。おめーも気をつけろよ? だもんだから俺は考えた。いつでも好きな時に欲しいだけ揉みしだけるパイオツはないものかと」
「う、うん……」
「そこで編みぐるみですよ!!!! いくら揉みしだこうが文句ひとつ言わないしSWATも飛んでこない!!!! ぬいぐるみは色々めんどくせーけど編みぐるみはカギ針だけで作れる!!!! 超お手軽!!!!」
「……やばい、想像以上にどうでもいい理由だったであります……」
「というのは嘘でだな」
「どのへんから!?」
「本当は手っ取り早くコータのご機嫌を取るために独学で習い覚えた。あいつすーぐ泣くしめっちゃうっおとしいからな。しかし手作りぷりちーウサちゃん編みぐるみをくれてやったら一気に機嫌が直ったんで、うわこいつチョロッッ!!!! ってなった。それ以来味を占めた俺は女関係でめんどくさくなったら編みぐるみを作って贈ってテキトーに好感度ゲージを維持するという超効率プレイで人生乗り切ってる感がやべえ。天才過ぎる。天は俺に何物与える気だ」
「いや、あの、それって……」
テキトーに乗り切ってると言うが、編みぐるみを作る大変さを現在進行形で実感中であるフィンにしてみると、相当な根気がないとできないことである。
というか普通に考えてプレゼントしただけでこじれた関係が修復されるわけないのであり、恐らく言葉にはしないが相当なすったもんだがあったのだろう。
――この人は自己顕示欲が強いわりに自分がものすごく頑張ったことはぜんぜん言わないんだよなぁ。
やたら露悪的な言い方をするのは何なのだろう。
自分は褒められるに値しない人間だと考えている――わけはないか。そんな殊勝というか卑屈な人物ではまったくない。
してみると、素か?
この言い草で自分が認められると本気で思っている?
そうなんだろうなぁ、と、諦念交じりにフィンは思う。ただ単にひたすら口が悪いだけで、複雑なものなんて何も秘めてないんだろうなぁ、この人。
どこまでも野放図で、自分に嘘をついたことが一度たりともない人。
その在り方は、眩しく思えた。
そして、眩しく思えてしまう自分にも、もう驚かなくなっていた。
「レッカどのレッカどの」
「あぁ?」
「小官は、レッカどのを尊敬しているであります」
「……え、なに、いきなりキモいんですけどこの子」
「どうすればレッカどののように天衣無縫に振る舞えるのでありますか?」
「けけ、おめーにゃ無理だな」
「ええー」
「超天才三原則!!!! 我慢しない! 他の奴を思いやらない! 自分のためだけに動く! どれかひとつでもできるか?」
「……うー……」
しかしすごすごと引き下がるのもどうか。総十郎の示してくれた「方策」に従うなら、自分の枠を広げるためにもためしに挑戦してみるべきだろう。
「わかりました、やってみるであります」
「え、マジで? じゃあまず我慢しない!!!! さぁ、テメーの欲望のままに動け!!!!」
「欲望……」
つぶやいて、フィンは腕を組む。
唸る。
何も思いつかない。
隣のシャーリィを見てみた。カギ針を動かして、黙々と作業を進めている。
その鋭く尖った耳が、ぴこぴこと動いた。
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