そして彼は仮面を纏った
「夫が無理矢理止めなければ、シャロンは後を追って自ら命を絶っていたことでしょう」
フィンは、呻いた。まるで何かの呪いであった。
「しかし、ひとつだけ残されたものがありました。この時点でシャロンは、子を身籠っていました」
「え」
「……祝祭の間、あの二人はふいに姿を消すことがありましたし、そのことに気づく者がいても、これから幸せになる恋人たちのために、見て見ぬふりをしていましたから」
フィンには性の知識はなかったが、たぶん子を成すための神秘的な儀式を行っていたのだろう、という、実感のない理解には達していた。
「シャロンのおなかは徐々に膨らんでいきました。塞ぎこんでいた彼女も、そのありさまを確認するたびに、生きようという気になっていったようでした。残されたこの子だけは、なんとしても産もうと」
シャラウは、目を伏せた。
フィンも、そこから続く言葉など予想できた。
「死産、だったのでありますか」
「……もともと体の弱い子でしたし、命を削っていたことが、胎児に良い影響など与えるはずもなかったのでしょう」
女王は、言葉もなくうなずいた。
それが、オブスキュア王家を襲った悲劇の、全容だった。
「……あの子は」
頬を濡らしながら、シャラウは震える声で続けた。
「なにか、悪いことをしたのでしょうか。誰かを傷つけるようなことをしたのでしょうか」
フィンは、何も答えられなかった。どんな言葉も、彼女を慰めることはできない気がした。
「我が子をその手に抱き上げたかった。ただ、それだけなのに」
だから、震えるその体を抱きしめることしかできなかった。
せめてこの温もりが、ほんの少しでも彼女の哀しみを軽くしてくれることを祈って。
システムメッセージ:シャラウ・ジュード・オブスキュアの情報が一部開示されました。
◆銀◆サブキャラ名鑑#4【シャラウ・ジュード・オブスキュア】◆戦◆
五百九十三歳 女 戦闘能力評価:F
エルフの女王。おっとり翠色ロングヘアー未亡人。見た目は若いが三児の母。
オブスキュア王国の国家元首にして最高祭祀巫女。近年急速に勢力を増してきたロギュネソス帝国に対し、強かな事大主義と巧みなイメージ戦略をもって独立を維持し続けてきた女傑。しかしエルフの御多分に漏れず結構な人間萌え勢なので、気苦労は絶えない。感情を抑制して広範かつ冷静な決断を下せるが、その本質は愛深き一人の女である。第一王女シャロンが夭折し、王夫ギデオンとも死別したため、残された二人の娘が最後の心の支えとなっている。わずか数百年の間に目まぐるしく変化する人族の社会に、漠然とした危機感を覚えるが、森の加護がある限りは対等に渡り合って行けると考えている。Bカップ。
所持補正
・『カリスマ』 自己完結系 影響度:A
理屈では説明しがたい威厳。シャラウと相対した者は、言葉にできない荘厳な感銘を受け、彼女に従いたくなる。広い視野と高い志と深い寛容さを併せ持った者のみが到達しうる境地。数百年を国に捧げてきた王聖の権威は、常人には抗いがたい域にある。
・『無謬の天秤』 自己完結系 影響度:B
重い葛藤を強いられるさだめ。双方の皿に重いものを乗せた天秤の、わずかな傾きすら見逃さず、適切な決断を下せる。下せてしまう。
・『■はさだめ、さだめは■』 因果干渉系 影響度:なし
■■の■として、■■ただ■■の■をし、■ばれ、しかし■■を■らずも■に■いやってしまうさだめ。この補正はすでに効果を発揮し終えており、現在は特に何の影響力もない。
「シャロン殿下が自ら命を絶たれた後のことは、わたしも母から伝え聞いただけで、詳しくはわからないのですが――」
目に涙を溜めたリーネ・シュネービッチェンが言った。
泣き疲れて眠ってしまったシャラウに、シャーリィが付き添っている。
親子に遠慮して部屋を辞したフィンとリーネは、王城から出る道すがら話し合っていた。
「――ギデオンどのは極めて強い自責の念に潰されかけていたと言います。王家は本来、魔力に非常に優れた血脈であるはずでしたから。結婚を解消し、他の貴族の子弟と再婚すべきだとまで言ったようです」
「あんまりであります……」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。皆が皆の幸せを望んでいたはずだったのに。
悪い人など、いなかったのに。
「陛下はそれを強く拒まれた。……愛していたのでしょうね。シャロン殿下を襲った悲劇を、誰かのせいにするということをよしとしなかった。強い女です」
「それで……シャイファ殿下とシャーリィ殿下が生まれた、と?」
「はい。そのときにはわたしも生まれていたので、よく覚えています。幸いにして、お二人とも魔力適正に不足はありませんでした。王国中が胸を撫で下ろしたものです」
「……ギデオンどのは、それからどうしたのでありますか?」
そこから幽鬼王に堕ちて王国に牙を剥くに至った経緯がわからない。
「それが……よくわからないのです。シャーリィ殿下が誕生されてからさほど経たぬうちに王国を出奔され、以降まったく足取りは掴めなくなっていました」
「そもそも幽鬼王とは、どのようにして生まれるものなのでありますか?」
「そうですね、歴史上確認された幽鬼王はギデオンどのを含めて十人ですが、ほとんどは自らの意志で禁忌の邪術に手を染め、不死者となった口です。しかし――禁断の邪術というやつは例外なく生贄を求めます。その儀式は凄惨を極め、とてもエルフの神経に耐えられるものではありません」
「ギデオンどのが自分の意志でああいう身の上になった可能性は低いでありますね」
「なので、自然発生的になってしまった、と考えるしかない。何かの廻りあわせで偶然儀式としての体裁が整ってしまい、その瞬間に亡くなった……?」
それもなんだかありそうもない話に思えた。
――ギデオンどの。
アンデッドに身をやつし、故国に対する最悪の厄災となった、その心境を理解したかった。
己が妻子のいるオブスキュア王国に、どうしてオークなどをなだれ込ませたのか。
――非業の最期を遂げた我が娘、その魂の無念に報いんがため。
〈道化師〉から伝え聞いた、ギデオンの言葉。
しかし、第一王女シャロンに仇と呼べそうな人物などいない。
では――何なのか?
フィンは、自分がかつてなく核心に近づきつつあるのを感じた。
「復讐ではない、のか……?」
そう口に出た瞬間、確信した。
そうだ。復讐にしては、やっていることが半端すぎる。〈虫〉によって転移網を独占していながら、いつまでもオークどもに虐殺を許そうとしなかったのは、つまりギデオンにはエルフ族を害するつもりがないということなのではないか。
では、なんだ? 国体を麻痺させ、オークという脅威を居座らせることで、なにが起こる?
なにが?
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