![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/87843801/rectangle_large_type_2_2bd08c648446d8bc9b016323673258ff.jpg?width=1200)
吐血潮流 #11
霧沙希が恐ろしいのではない。
しかし、彼女の笑顔を曇らせることに、かなり大きな抵抗を感じるのだ。
霧沙希藍浬が悲しむと、何か恐ろしいことが起きる。そんな気がしてならない。いや、彼女が自分の意志でその「恐ろしいこと」を起こすわけではない。だが、攻牙には想像もつかないような因果を辿って、結果的にとんでもない事態になってしまいそうな気がするのだ。
なぜそんな気がするのかは自分でもわからないが……
霧沙希藍流は、桜の花のような笑顔を浮かべる少女だ。
他人を安心させることにかけて、彼女以上の人間にはお目にかかったことがない。
だから、そんな笑顔を壊すような奴はバチを当てられてしまうんだろうな、多分。
と、攻牙は思う。ごくナチュラルに。
「なぁ霧沙希」
「うん?」
「そもそもなんでお前はこんな所で本を読んでいるんだ?」
「あぁ、本当は専用の部室でできたら一番なんだけど、わたしの部活動は部員が三人しかいないから、部屋まではもらえないの」
「部活動……ってお前部に入ってたのか」
「ふふ、そうよ。これでも部長なんだから。『文芸研究殺人事件』っていうの」
殺人……事件……?
「……えーと悪いもう一度言ってくれるか?」
「『文芸研究殺人事件』」
「それが部名なのかよ!」
意味わからん。
「だって『文芸研究部』じゃ地味そうで誰も入ってくれないじゃない?」
「なんで『殺人事件』で入ってもらえると思った!」
霧沙希藍浬が何か言いかけた時、フッと黒い風が吹き抜けた気がした。
「いやいや、殺人事件の文字は間違いなく目を引くよ。なんというか、ロマンとミステリーの香りがするね。部の目的ともマッチした素晴らしいネーミングだと思うよ」
別の声がした。
見ると、謦司郎が本を何冊か抱えてそこに立っている。
こいつが唐突に表れるのはいつものことなので、攻牙もさほど驚かない。
「頼まれていた資料を持って来たよ霧沙希さん」
「ありがとう闇灯くん。いつもごめんなさいね」
「はっはっは」
謦司郎は髪をかき上げた。
「霧沙希さんの制服ごしに浮かび上がる起伏豊かなわがままボディを脳に焼き付けて今夜の自家発電の燃料にするという計り知れない恩恵を得るためならこんなことぐらいどうってことないよ!!」
「せめて本人の前では言わずにおけよアホかお前は何さわやかな笑み浮かべてんだよ!」
「ふふ、大丈夫よ。闇灯くんってすっごく紳士なんだから」
「ちょっとは気にしろよ霧沙希も! こんなド直球なセクハラに慣れ親しむなんていう無意味な適応能力はいらねえんだよ!」
「はいはい攻牙。図書室では静かにね」
「なんでボクだけが騒いでるみたいな雰囲気にしてるんだ!」
しかし実際問題、周囲の迷惑そうな視線が痛くなってきた。図書室を見渡してみると、十人前後の生徒が思い思いの位置で読書や勉強に勤しんでいる。しぶしぶ矛を収める。
そこで攻牙は我に帰る。
――脱線してるじゃないか!
そもそもは、さりげなくこの場所から移動させるよう仕向けて、移動中にひそかに姿を消そうという目論見のもとに会話を始めたのに、もう目的がブレている。
――このままでは奴らの決闘現場に行けねえ……!
どうにか霧沙希を説得できないものか。
しかし攻牙の目的を正直に話したところで同意が得られる可能性は果てしなく低い。それどころか篤とごわす女が戦おうとしているということ自体信じはしないだろう。
――くっそーどうすりゃいいんだ!
「あら……?」
「どうしたの? 霧沙希さん」
不意にグランドの外に目を向ける藍浬。
視線の先には、学園のそばを通る道路があった。
今そこに、不可解なものが走っている。
「あそこって、バスなんか通ってたっけ?」
そう、バスだった。
緑と白のツートンカラーが目に優しい、何の変哲もないバスだった。
「うーん、聞いたことないけど」
謦司郎は顎に手を当てる。
「……おいちょっと待て上に誰か乗ってないか」
攻牙は立ち上がって身を乗り出した。
……確かに、その怪しいバスの上には、小柄な人影がある。
中で座っているのではなく、屋根の上に立っているのだ。
「それに、なんか持ってるね」
謦司郎が攻牙の横に並ぶ。
怪しいバスの上の怪しい人影は、大きな柱状の物を手に携えている。どう考えても持ち上げられるような大きさではないのだが、人影は何の苦もなくそれを片手で保持していた。
「よく見たら、ウチの制服を着てるわね」
藍浬も横に並ぶ。
怪しいバスの上で怪しい柱状の何かを持った怪しい人影は、バスが近づいてくるにつれて、紳相高校の女子制服を着ていることが明らかになった。
「あれって……ひょっとして……」
「鋼原さん……?」
謎のバスは、唐突に向きを変えた。ただの自動車ではありえない、急激な方向転換だ。
「かぁぁちこみでごわすぅぅぅぅぅぅ!!」
甘ったるい声。
攻牙たちのいる図書室へと鼻先を向けると、ロケットエンジンでも付いてるんじゃないのかと思うほど爆発的に加速した。
「な……!」
門から突入、などという礼儀正しいことを彼女はしなかった。
「やばい――おいお前ら逃げろーッ!」
攻牙が野球部の連中に怒鳴った。
いいなと思ったら応援しよう!
![バール](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/7724429/profile_82b2c941b9830ee12256a49ccab24b14.jpg?width=600&crop=1:1,smart)