絶罪殺機アンタゴニアス #12
意識を取り戻した瞬間、男は身を折り、むせ返った。
気管に入ったメタルセルを必死に吐き出す。
痙攣する身を起こし――即座に視界に入ってきたそれに、肺腑をひきつらせる。
何かの塊が、床に横たわっている。思うようにならない目の焦点を、意志の力で合わせた。
悲鳴がこぼれ出た。
腹で千切れた、我が子の上半身。
男にとって絶望的なことに、まだ息があった。
痙攣のような短い呼気。呻き。すすり泣き。
「お……と…さ、ん……ど、こ……?」
すでに光を失った目が、父親を探し求めていた。
「ひ……ひぃ……ひぃぃ……っ」
仰向けで床に手を突き、後ずさる。がちがちと、歯が鳴る。
「……い……たぁ…い、よ……お、と……」
少年は、血を吐きながら、悶え苦しんでいた。断末魔の地獄を、どうすることもできず。
脳髄が、沸騰した。溶けて、混ざり合った。整合性のある思考ができなかった。
何故。何故。なぜ。
なぜ自分は、この光景に恐怖している。
なぜ彼は、自分を庇って突き飛ばした。
なぜ。なぜ。何故。
喉がひとりでに甲高い絶哭をひしり上げ、男は逃げるように立ち上がり、少年に駆け寄った。
上半身を抱き上げ、何度も子の名を絶叫する。
「……た……す……」
脳裏に、蘇る。ちいさな手が、男の人差し指を握った瞬間を。なかなか寝付いてくれなくて寝不足になったことを。初めて掴まり立ちができるようになったことを。おとうさん、とあどけない顔で呼びかけてくるのを。
口元がわななき、凍えそうなほど冷たい涙が男の頬を濡らした。
「ァ……」
我が子の眉間に、銃口を当てる。
己が臓腑を引き千切るように、引き金を――引く。
額に穴があき、こと切れる子供。
手から力が抜け、拳銃を取り落す。天を振り仰ぎ、慟哭した。
乾いた音がして、乙零式の装甲が、床に落ちた。
それを皮切りに、少年の屍からぽろぽろと甲冑が外れてゆく。
金属の鎧の内側は、有機的な肉で満たされており、少年の肌から糸を引いて剥がれ落ちていた。
その、一部。ちょうど後頭部に触れるあたりに存在した肉塊が、もぞり、と動いた。
ジュウ、ジュウ、と口を開け、濁った鳴き声を放つ。
罪業変換機関。手足がなく、皮を剥いた胎児のごとき様相。赤い肉に青黒い血管を浮かび上がらせ、身悶えしながら鳴き続ける。
宿主の死に怯え、身をくねらせてジュウと鳴く。
やがて――その頭、と思しき部分が男の方を向いた。
ギ、ギ、ギャッギャッ。
新たに見つけた、「子殺しの大罪人」が放つ、芳醇な魂の色香に、血管が太く脈打って怒張した。
粘液を引きながら全身を曲げて跳躍。男に飛び掛かる。
その身を銃弾が貫いて撃ち落とした。
男は、訳の分からぬ悲鳴を上げながら、無様に悶える肉塊を踏みつけ、踏みにじった。
幾度も。幾度も。
声が枯れ果てるまで。