絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #15
――何故、それを。
その言葉を、強引に飲み下す。
尋ねるまでもない。アンタゴニアス以外の絶罪殺機がすでに導き手を得て活動を開始しているのだ。
老婆はその繰り手と接触した経験があるのだろう。恐らくは、今と同じ形で。
ライフルを突き付けた状況で。
五つの絶罪殺機たちは、それぞれ武装も、背負いし大罪も、導き手を選ぶ基準も異なるが、人の魂から発せられる罪業を検知して数値化を行うセンサーを共通して持っている。これがなくば絶罪殺機としての本義を果たせないがゆえに。思考のすべてを読み取れるわけではないが、攻撃性の高まりなどには極めて鋭敏な反応を見せる。
現在、アンタゴニアスは何ら警告を発してこない。つまり、彼女は本当は撃つつもりがない。
ゆえに何ら無反応であったアーカロトを見て、老婆は過去の経験から照らし合わせて唯一同様の反応をした人種に思い当たったのだろう。
「その顔、図星かい。ふん、カマはかけてみるもんだね」
老婆はライフルを引っ込め、肩に担いだ。
「――誰だ?」
「うん?」
「あなたが出会った繰り手は、どんな風体かと聞いているんだ」
暗い目の男の記憶情報には、体長数百メートルの機動兵器が出現したという噂すら存在しない。つまり活動している繰り手は、積極的に前に出てくるタイプではない。候補は二人。無気力かつ凶暴な自閉症と、極めつけに悪意に満ちた諧謔家。どちらであるかで打つべき手はまったく変わってくる。
老婆は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「おやおや、ずいぶん簡単に余裕めいたツラをかなぐり捨てたね。さて、この歳になると人の顔を思い出すのも難儀でねェ。お前が何か機嫌のよくなるような提案をしてくれるのなら、もう少し頑張って思い出してやってもいいんだけどねェ」
「要求を聞こう」
「はッ、急に物分かりが良くなったじゃないか。いいとも、単刀直入に行こう。罪業変換機関の並列接続実験をしたい。そのためには百二式以降の形式の肉団子があと三つばかり必要だ」
「僕に〈原罪兵〉狩りの手伝いをしろと? 何のためにそんな実験をやろうとしている?」
老婆は、懐から葉巻を取り出すと、端をギロチンカッターで切り落とし、古めかしいオイルライターで着火した。すべてが洗練された所作だった。
口の中で煙を薫らせ、ゆっくり吐き出す。少量吸い込んだアーカロトは、そこに依存性のある向精神物質が含まれていることを悟る。
「……〈法務院〉から完全に独立した隠れ里でも作れないかと思ってね」
瞬間、老婆は口を歪め、笑みを刻む。
「麻薬をバラ撒いて、青き血脈にしかるべき報いを受けさせるのさ」
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