絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #45
節足の先端が、掻き消えた。
外科的に強化された機動牢獄の動体視力にすら、絶罪支援機動ユニットの動きは鮮明ではなかった。
見上げるような巨体が、肢を伸ばす。
それは攻撃行動ではなかった。
ただ移動しただけだ。
絶罪規定に従い、繰り手の保護を最優先に行動しただけだ。
だが――その結果、近くにいた十数名の機動牢獄が全身の血管を破裂させて死んだ。その死には、おおよそ尋常な物理学で説明できるような理由など何もない。ただ、死んだ。
直後に巻き起こった衝撃波が、死体たちを木の葉のように吹き飛ばしてゆく。
壁のような風圧を受け、アーカロトの灰髪が激しくたなびいた。
「――ゼグ、行くよ」
「はぇ!?」
問答無用で少年を小脇に抱えると、軽やかに跳躍。
胎児のような、芋虫のような、浮遊する胴体部分に着地する。
「こ、これがアンタゴニアスとやらかよ……!」
「まさか。これはアンタゴニアスが無数に展開できる罪業武装のひとつに過ぎない。本体はもっとずっと大きい」
開いた口が塞がらない様子のゼグに、苦笑する。
「たぶん、確保部隊は彼らだけじゃない。乙零式や甲零式相手だとこいつ一機じゃ分が悪いだろう。さっさと離脱しよう」
「待て待て待て待て! 落ちる! シートベルト! シートベルトをよこせ!」
「慣性中立化罪業場の中にいるから、振り落とされる心配はないよ」
残った機動牢獄たちが悲鳴交じりの叫びを上げながら一斉射撃。
しかし絶罪支援機動ユニットに弾体が着弾する直前、ジュっと音を立ててことごとく蒸発。
「オイどうなってんだ!」
「罪業量の桁が違うんだよ。これは「世界を鉄の殻に閉ざし、人類から永遠に日の光を奪った」大罪を燃料に駆動している。たかが何十人か殺した程度の罪から紡がれる罪業場なんか、圧倒的な質量差で掻き消えてしまう。そして――」
再びの高速移動。
周囲の光景が色付きの嵐になった次の瞬間、サブアームから延びた碧白色の光剣が八振り、縦横に乱舞した。
光の軌跡が網目のように交錯し、直後に赤熱した切断面を見せながらバラバラに崩落する。
機動牢獄のみならず、その後ろの壁までもが同じ運命をたどった。
八本の節足がせわしなく蠢き、アーカロトとゼグを不気味な高速で運んでゆく。
血と脳漿と臓物がまき散らされた酒場から、多数の光の珠が浮かび上がってきた。それらは色とりどりの炎を纏っており、ゆらめく燐火の狭間に苦悶にあえぐ人間の顔が現れては消えていった。
「すべての絶罪殺機は第一大罪と超次元的に繋がっている。このユニットは月世界の理を中継して現世に流出させる機能をも有しているんだ。罪人の魂を、相応しい末路に導くために」
多彩な色彩の魄霊たちが、一斉に絶罪支援機動ユニットへと殺到する。
「うおっ」
身を引くゼグを無視して、量子情報化した罪人らの根源的主観は、胎児とも芋虫ともつかぬ中枢部分へと吸い込まれていった。罪深き魂のみが選別され、餓鬼蠢く聖域へと速やかに葬送される。
そこへ、新たに巨大な影がかかった。
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