絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #72
――絶罪規定。
強大に過ぎる絶罪殺機たちの独善によって起こったひとつの悲劇を受けて、その論理基盤の根底に刻まれた禁則原理。
求められずして力を振るうことまかりならん。
――もしも、暗い目の男が今生きていてくれたら。
そう思わずにはいられなかった。
導き手が生きている限り、その意に背かぬ限り、絶罪殺機の繰り手にはかなり大きな自由裁量権が許される。目の前で失われゆく命のために力を振るうなど造作もない。
「誰か――」
茫然と、呟く。
逃げ惑う人々を、肉虫たちが叩き潰し、引き裂いている。アーカロトとデイルは全速力で街を駆け抜けながら肉虫を次々と駆逐していったが、焼け石に水などという表現すら生ぬるい。相手は都市そのものなのだ。〈無限蛇〉システムの生産能力を前にすれば、個人の武などないも同然だ。
「誰か、僕に助けてと言ってくれ……!!」
セフィラ全域に轟き渡るアメリの絶叫が、その声を完全にかき消す。
意思の疎通ができない。
デイルの腕を引きかけ、アーカロトは歯噛みした。阿鼻叫喚の修羅場で「自分にはこの事態を解決できる力があるが、それにはこの時代の人間に請われる必要がある」という複雑な情報を肌への筆記を用いて伝えるなど事実上不可能だし、また信じてもらえるとも思えない。
――そうだ、ゼグ!
彼ならば!
アーカロトは踵を返し、子供たちと別れた場所へと疾走する。
――生きていてくれよ!
●
「こんのバケモンがあああああああッ!!」
引き金を、引き絞る。
叩き潰されていた重サイバネの男の右腕にマウントされる軽機関銃をひっぺがし、肉虫に撃ち込んだ。
普段使っている小児用の拳銃とは比較にならない反動がゼグの肩を襲う。普通ならば脱臼してもおかしくないリコイル。だが――ゼグならば耐えられた。銃機勁道の初歩の初歩、銃の反動を地面に流し、次の功夫と為す身体制御法を、アーカロトから伝授されていたのだ。
――しつこくせがんどいて正解だったぜ!
弟と妹たちは、近くの屋内に潜ませている。あのサイズの生物相手に、拳銃弾など足止めにもならないだろう。
血がしぶき、肉片が飛び散る。巨大な肉塊が痙攣し、しかし病的な速度で足を動かす。近づいてくる。耳をつんざくような絶叫とともに。
「うっせーんだよさっきから!!」
手榴弾のピンを抜き、投げつける。即座に伏せる。
世界を満たす叫喚の中で、わずかに爆音がした。肉虫の脚の間に転がり込んだパイナップルが破片をまき散らし、人体の悪夢じみた混合体をひき肉に変えさしめる。
だが――まだ止まらない!
ゼグは咆哮を上げ、ありったけの弾丸を叩き込んだ。
こちらもオススメ!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。