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吐血潮流 #12

  目次

 次の瞬間。
 金網のフェンスを突き破り、直接グランドへ鋼鉄の巨体が侵入した。
 道路から学校の敷地までの間は傾斜になっていたので、勢い余って宙を舞う。
 さすがに悲鳴を上げる野球部員たちの頭上を飛び越え、グランドの中央に着地した。
 衝撃で二回ほどスピンしてから停止したバスは、そのまま何事もなく走行開始。
 まっすぐこちらに向かって突っ込んでくる。
 紳相高校の安っぽい木造校舎など一瞬で突き崩せそうな、凄まじいスピードである。
「きーりさーきセーンパーイ! ハンカチ返しにきたでごーわーすーよー!」
 バスの上で、手に持った柱状の何か――バス停に見えるが目の錯覚だろう――をブンブン振り回しながら、鋼原射美は声を上げている。
「……あらあら」
 藍浬が困ったように微笑んだ。
「こっちよ~! 鋼原さん」
 手を振りながら、呼びかける。
「言っとる場合かーッ!」
 攻牙は藍浬の手を掴むと、渾身の力を込めて引っ張った。
 瞬間、直前まで三人が立っていた位置の壁が爆発し、震動と轟音が校舎を揺るがした。砕けた窓ガラスは滝のように室内へと降り注ぐ。本棚は次々と倒れ、中の本が次々と床に散らばっていった。図書室に残っていた生徒たちの悲鳴が飛び交っている。
「ゲホゲホッ! くっそ無茶苦茶だ!」
 もうもうと立ちこめる粉塵にせき込みながら、攻牙は身を起こした。
 瓦礫が散乱する中に、巨大な影が浮かび上がっている。ヘッドライトが不気味に明滅している。バスだ。バスが壁を突き破って図書室に突っ込んできたのだ。
 しゅたっ、と目の前に細い足が降り立った。
「うふふ~、愛と吐血と喀血の轢殺系美少女、セラキトハートただいま参上でごわす♪」
 そして周囲を見渡し、
「……惨状なだけに!」
「全っ然上手くねえんだよバカヤロウ! いきなり何をしてくれちゃってんのお前! なんでバスで突入してくんだよ! どうやって運転してたんだよ! いろいろと意味不明だよ!」
「あらら? 誰かと思えばおマセなおチビちゃんじゃないでごわすか。篤お兄ちゃんのところにいるんじゃなかったでごわすか? いま何年生でごわすか?」
「お前より一年上だよムカつくなオイ! つうか篤のところにいるはずなのはそっちだろ! 何でお前ここにいるんだよ! 篤と決闘してるんじゃねえのか!」
「あぁー、それはあの、すっぽかし……ゲフンゲフン、サボったでごわす」
「そこで言い直す意味が本気でわからねえよ!」
「イチバン大きな敵戦力である諏訪原センパイをウソの約束で遠ざけ、そのスキに任務を達成してしまおうという高度なセンリャクでごわす」
「あー……なるほど」
 バカ正直な篤なら間違いなく引っかかるな。
「ふふ、元気な登場ね、鋼原さん」
 そこへ、藍浬が微笑みながら歩み寄る。
「この惨状を見て元気の一言で片づけるのかよ霧沙希。どれだけ人間がでかいんだよお前は」
「霧沙希センパーイ! ハンカチ洗ってきたでごわすよ~♪」
 しっぽ振る子犬みたいな勢いで駆け寄る射美。
「はい、どーぞでごわす♪ ピッカピカでごわす♪ 一年生でごわす♪」
「ありがとう。気を使わせちゃったわね」
「そんなことないでごわす~とんでもないでごわす~」
 頬に手を当ててくねくねする射美。
 いつの間にかやたらと好感度が上がっている。
「あぁ、かぐわしいユリ科の香りがするね……」
「瓦礫の中から顔を出した第一声がそれかよ」
 どうしようもなく頬がニヤついている謦司郎。
「でもいきなりバスで図書室の壁を壊すのはダメよ? 図書室は静かに使わなくちゃ。みんなビックリしちゃうわ」
「はぁ~いでごわす!」
「そんなレベルの問題じゃねえ!」
 攻牙のツッコミはスルーされた。
「ところで霧沙希センパイ。今、お時間は大丈夫でごわすか?」
「あら、なにかしら」
「ちょっと射美と一緒に来てほしいでごわす~」

 ごすっ……と。
 鈍い音がした。

「……っ……?」
 藍浬の鳩尾に、射美の拳がめり込んでいた。藍浬はきょとんとした顔のまま、ゆっくりと崩れ落ちる。
「おっとっとぉ」
 射美は藍浬の体を支える。
「ごめんなさいでごわす~。でも任務でごわす~。あ、よっこいせっと♪」
 掛け声と同時に藍浬の体を背負った。
「さぁ~てそれじゃあ……」
 唖然とする周囲の視線を意に介さず、射美は天に向けて手を伸ばした。
接続アクセス! 第七級バス停『夢塵原公園』、使用権限登録者プロヴィデンスユーザーセラキトハートが命ず! 界面下召喚!」
 幾筋もの光が、射美の頭上から降り注ぐ。空中のある一点から漏れ出しているそれらの光は、やがて一つに纏まりながら爆裂した。
 ――顕現する。
 神意の木霊。
 荒ぶる龍をつなぎとめる楔。
 射美の手の中に出現したソレは、荘厳な気配を纏いながら低い唸りを発した。
 全長は二メートル超。片方の先端には丸看板。もう片方には台形のコンクリート塊。始源にして究極のスタイル。青地に白の文字で『夢塵原公園』の文字が、清澄なる燐光を放っていた。

【続く】

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