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吐血潮流 #6

  目次

「可愛い娘ね」
 背後で霧沙希藍浬の声がした。
「む……」
 振り返ると、彼女はロッカーから顔だけ覗かせていた。
 どこか、儚い思いを抱かせる微笑みを浮かべている。
「付き合うの?」
 小首を傾げると、長い黒髪がさらりと揺れた。
 誰と――とは聞くまでもない。
 篤は深々と頷く。
「無論だ。彼女の気持ちには答える」
「ふふ、がんばってね」
「あぁ。……ありがとう」
 篤は少し気持ちが軽くなり、口元にあるかなしかの笑みを灯す。
 どうということのない言葉だが、霧沙希藍浬が言うと不思議に心が洗われる気がする。
「でも意外ね。諏訪原くんも男の子だったんだ」
「霧沙希は今まで俺を女だと思っていたのか」
「ふふ、そうかもね」
 なぜかクスクス笑いはじめる。
 なんだかよくわからないが、笑っているのでよしとする。
「ところで諏訪原くん」
「何だ」
「出るの、手伝ってくれない?」

 ●

 ――甘かった。
 鋼原射美は、ひとり難しげな顔をして歩いている。
「うぬぬ、まさか射美のカンッペキな演技が見抜かれようとは……」
 カバンをしょって下校中である。
「諏訪原篤……さすがはゾンちゃんを破っただけのことはあるでごわす」
 あの眼力はただものではない。
 甘ったるいアニメ声とか、なんか頭悪そうに見える容姿とか駆使して相手を骨抜きにし、背後からボコるのが鋼原射美のいつものパターンなわけであるが、世の中にはそーいうのが通用しない相手もいるらしい。
 となれば、小細工なんか抜きにして正面からぶつかるか。
 《ブレーズ・パスカルの使徒》地方制圧軍十二傑が一人、セラキトハート。
 それが射美のコードネームであり、正体である。
 まっとうに戦ったって勝てるのだ。
 ゾンネルダークを破ったバス停使いがいると聞いたから、ちょっと無理して学校に潜入してみたけれど、実際に会ってみればさほど強力な〈BUS〉感応は感じ取れなかった。
 要するに、諏訪原篤はスペックの低さを戦術で補うタイプの使い手なのだろう。
 射美にとって、そういう相手は最も戦いやすい。
 とはいえ――
「うーむ、とりあえずは報告でごわす」
 カバンからストラップがじゃらじゃら付いたスマホを取り出した。
 側面のカバーを外し、中の青いボタンをつまんで引っ張り出す。
 間違ってボタンを押したりするとスマホが爆発するので、ちょっと緊張する射美であった。
 何度かのコールののち、電話がつながった。
「あー、もしもし? タグっちでごわすかぁ~?」
『ハイパー☆晩飯タイム、はっじまっるよぉー!!』
 なんかいきなり叫び出した。
 やや甲高い青年の声だった。
「……あぁ、今は躁モードでごわすか」
 若干の頭痛を覚える射美。
 ――タグトゥマダーク。
 それが電話の相手のコードネームだった。
『やあ射美ちゃん! いつもいい具合に脳みそ溶けそうなアニメ声だね!』
「ほめてるのかどうかよくわかんないでごわすけど、とりあえずありがとうごわします♪」
『今日の晩御飯は天ぷらスペシャルだヨ! 衣がフニャらないうちに帰っといで?』
「あ、りょーかいでごわす♪」
 それは急がねば。
『それで、どうしたのかな! お兄さんに何か相談事かな! 今の僕は可愛い後輩のためなら実の妹を質に入れてもいいと思うくらい慈愛の心に満ち溢れているよ!!』
「ぜんっぜん慈愛にあふれてないでごわすよ♪ むしろ軽く最低でごわすよタグっち♪」
『死のう……』
 いきなり沈んだ声でつぶやくタグトゥマダーク。
 がさがさと神経質な手つきで周囲をさぐる音が、携帯を通じて聞こえてくる。
「はいはいすとぉ~っぷ。刃物探すのストップでごわすよタグっち~? 今のナシナシ。ウソ。ジョーク。ジョークでごわすよ~?」
 いつものことだけど、躁鬱の浮き沈みが激しすぎる。
『……ホント?』
 捨てられた子犬みたいな声を出すな。
「ホントでごわすよ~? 怒ってないでごわすよ~? 怖くないでごわすよ~?」
『ふふふ、良かった。ゴメンね、取り乱しちゃって』
「い、いえ、問題ないでごわす……」
 内心超メンドくさい人だと思ってる射美であった。
『それで、どうしたのかな?』
「あ、はい。相談事っていうか、報告でごわす」
 射美は今日あった悶着について一通りのことを話した。
 諏訪原篤に接触したこと。
 しかしこちらの演技は完璧に見抜かれていたこと。
 あと廊下で小学生みたいな男子生徒を見かけて超カワイかったこと。
 あとあと、なぜかロッカーの中に入っていた人に、なんかこう、独特のノリで丸めこまれてしまった感じなこと。
『ほへ~』
 なにやら感心したような声を上げるタグっち。
『すごいなぁ、射美ちゃんは』
「へ?」
『学校に潜入して早々に友達を作るなんてすごいことなんだよこれは! お兄さんの学生時代とは大違いだね! 死にたい! 死のう!』
「そっちでごわすか!」
 トラウマスイッチを押してしまったみたいだった。

【続く】

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バール
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