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吐血潮流 #8

  目次

 とてつもなく不可解だったが、今探しているのはそんなものではない。
 さらにカバンを探り、ついに目的のもの見つけた。
「おい、霧沙希」
「え?」
 しゅるりと衣擦れの音がして、霧沙希藍浬の首に何かが巻き付いた。
 それは紳相高校制式のネクタイだった。
 篤は無言でウィンザーノットの形に結びつける。
「うむ、これでよし」
 作法に則ってきっちりと結ばれたネクタイは、うまい具合に霧沙希の胸元を隠していた。
 謦司郎が愕然とした声を上げる。
「あぁ、篤、なんてことを……霧沙希藍浬はネクタイを装備した! 防御力が500上がった! エロさが20下がった! 具体的には装備前がR16相当だとしたら、今はR12くらいだ! あくびがでますな」
「お前の脳内ではネクタイわりと優秀な防具なの? 最終装備候補なの?」
「えっと、ありがとうね、諏訪原くん。助かったわ」
「うむ、後は俺たちが周囲をガードしていれば、帰り路も安全だろう」
「可憐な女性を取り囲む三人の男……ゴクリ」
「息を荒げながら言うな!」
「ふふ、大丈夫よ。そこまでしてもらっちゃ悪いわ。私の家は山奥だし」
 霧沙希は自分の席からカバンを掴むと、小走りで引き戸の前に向かった。
 振り返ってはにかむような笑みを見せる。
「さすがにちょっと恥ずかしいから、一人で帰ります」
「お、おう気を付けてな」
「またね~霧沙希さん」
「さらばだ」
「はい、また明日ね」
 つつましやかな足音が、遠ざかっていった。

 ●

 その後、好奇心剥き出しで鋼原射美の正体や目的について教えろとしつこくまとわりついてくる攻牙を振り払い、篤は急いで下校した。
 家に帰りつくと、さっそく自らのカバンを開ける。
 教科書とノートの間から、二通の手紙がこぼれ落ちた。
「うぅむ……」
 片方は下駄箱の中にあった桜柄の手紙だ。篤が丁寧に折り畳み、カバンの中へしまった。
 だが、カバンの中にはもう一通の手紙があった。
 拾い上げてみると、『趣訪原センパイへ』と、やたら丸みを帯びた字で書かれている。
 ――いつの間に入れられたのか。
 ――そして『しゅわはら』とは誰のことか。
 二つの疑問が脳裏を駆け巡ったが、とりあえず脇に置く。
 正体不明の嫌な予感に眉をひそめながら、封筒を開け、中身を取り出した。

 大女子きて”こ”ゎす!
 方攵言果後、センハ。イの教室で待ってるて”こ”ゎす!
 金岡原身寸美より(はぁと)

「むぅ……これは……ッ」
 篤は愕然と目を見開く。
 そしてこの書状が持つ恐るべき意味に気づく。
「新たな果たし状ッ!」
 多分、というか絶対に違うのだが、突っ込む者は誰もいない。
「しかし……これはどういうことだ?」
 篤は首をひねる。
 最初、下校しようとして下駄箱を開けたら果たし状(?)が入っていた。文面に従って教室に行ったら、そこには鋼原射美がいた。
 だから特に疑問にも思わず受けて立とうとしたのだが……
 今、ここにもう一通の果たし状(?)が存在している。こちらには差し出し人として鋼原射美の名前があった。『かなおかげんしんすんみ』などという珍妙な名前でもない限りは間違いないところだ。
 ――これは、あの、あれだ、ナーウかつハイカラな言葉でいわゆるところのギャル語というやつであろう。
 考えるまでもなく、鋼原射美が本当に出したのはこっちなのだ。
 では……下駄箱に入っていた方は何なのか?
 篤はしばらく考え、考え、考え込み、五分も経ってからようやくその可能性に気づいた。
「果たし状を出した人物は、鋼原射美の他にもう一人いたのかッ!」
 そして、自分が重大な過ちを犯したことを自覚した。
 ――なんということだ。
 諏訪原篤は、あろうことか決闘の誘いをすっぽかしてしまっていたのだ!
 その瞬間、あたりを地鳴りが包み込んだ。根源的な不安を煽る、大地の怒り。その律動。
「なんという……なんということだ……!」
 別口の決闘があったから行けませんでしたなんて言い訳で、罪を誤魔化すつもりはなかった。
「俺は、一人の気高き戦士の誇りを、踏みにじっていたのか……」
 地鳴りはやがて震動に変わる。家屋がガタガタと悲鳴を上げ、本棚におさめられているふっるい本の数々が床に落ちる。
 しかし、篤は気付かない。動揺した己の心が生み出す幻覚だと思っている。
 ――これほどの失態、いかにして償うべきか。
 答えは、すでに出ていた。
「死のう」
 懐からドスを引っ張り出す。
 と同時に、背後でドアの開く音がした。
「兄貴~! 大丈夫? かなり揺れたね……ってぎゃあ! なにやってんのバカァーッ!」
 その瞬間放たれた霧華のローリングソバット(しゃがみガード不可)によって篤は無慈悲にも吹き飛ばされ、全治三十秒の重症を負った。
 ドアを開けた瞬間に状況を理解し、コンマ一秒の遅れもなく即座に攻撃に移る。妹の恐るべき格闘センスにいつものことながら戦慄しつつ、一応抵抗してみる。
「……霧華よ、いくら腹に刃物を当てていたからと言って事情も聞かずに蹴り飛ばすのはいかがなものか。本当は切腹ではなかったのかも知れんではないか」
「じゃあなんだっつうのよ!」
「ヘソごまを取っ」
「ああもういい! 黙れ!」

【続く】

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バール
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