絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #73
ずたずたに裂かれた巨腕がゼグの頭蓋を握り砕く直前、肉虫はようやく命を喪った。地面に崩れ落ちる。足の裏から振動が伝わってくる。世界を満たす絶叫と号泣さえなければ、轟音も聞こえたことであろう。
「くっせ」
軽機関銃をだらりと下げ、顔をしかめる。足元に散乱する生臭い肉の塊を見下ろす。これ食えんのかな?
だが、新たに肉塊が次々とアスファルトを突き破ってくる悪夢の情景を前に、ゼグは火傷の跡が引き攣るのを感じた。
「クソども……いいぜ、いくらでも相手になってやるよッッ!!」
気を吐く。
芋虫の化け物の上でアーカロトを交わした誓いが、胸の奥で熱を発する。
――じいさんみたいにゃ、できねえけどな。
軋む両腕に重い鉄の塊を抱え、言葉にならぬ感情を乗せ、腹の底から。
吠え、猛る。銃弾の雨を浴びせる。反動が全身の骨格を痛めつける。
「触れさせるかよッッ!! てめーらのきたねえ手なんぞによッッ!!」
――ダリュ、カル、ジュジュ、レミ、レム、トト。それに、シアラ。
肉塊が、三体。見上げるような質量の塊が、泣き叫びながら迫ってくる。
「生きろよ……! 俺ぁ見てるぞ……! だっせぇ生き方なんかすんなよッッ!!」
凄絶に吼える。
五指を開いた巨大な女の手が迫る。視界が陰る。鉛玉の驟雨で皮膚が張り裂け、血肉が飛散するが、止まらない。
瞬間。
横合いから無数の銃火が瞬き、肉虫の体を急速にそぎ落とし、砕いていった。
思わずそちらを見やると、武骨な強化装甲服をまとった集団が、でかい銃器を抱えて駆け寄ってくるところであった。
ジャッキめいたパワーアシスト機構の備わった躯体は、お世辞にも速いとは言えない速度で接近。眩い火線が視界を灼き、肉片と血飛沫がゼグに降りかかる。
「ぺっぺ! なんだァ?」
人体工学の極致とも言うべき官能的なフォルムを描く機動牢獄とは対照的な、朴訥とした甲冑たち。その肩装甲には、天に掲げられる手を戯画化した印章がペイントされていた。
●
〈帰天派〉の重サイバネ聖戦士たちが、火傷の少年を救った理由は特にない。ここで無為に死ぬよりは、非常時の動力源として活用したほうが益が大きかろうという冷徹な打算は確かにあった。しかし、微塵もひるまずに銃撃を浴びせ続ける少年の姿に、眩いものを確かに感じもしたのだ。
人類はもはや生きていること自体が過ちなのだという教義のもと、〈教団〉の支配に抗い続けてきた彼らだが、しかし勇猛なる戦士には敬意を払いもする。
少年を庇うように展開し、三体の化け物を徹底的に撃ち砕く。
大敵、アメリ・ニックラトル・ヴァルデスの眷属は、一片の肉片も残さず浄滅する。その宗教的熱狂で恐怖をねじ伏せ、聖戦士たちは瞬く間に肉虫を駆逐した。
ちらりと少年を見る。怪我はないようだ。この阿鼻叫喚がいつまで続くのかはわからないが、できれば言葉の一つぐらい交わしたいものだ。
だが――その感慨も、彼方より無数に押し寄せる肉虫の津波を前にしたとき、脆くも吹き飛んだ。
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