
閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #23
極めて高い魔力伝導性をもつ呪媒石を円形に削り出し、魔法陣を書き込むことによってそれを一個の物質として再定義する。しかるのちにそれを半分に剪断すると、まったく同じ半円が二つ出来上がるわけだが、これらはまったく同じ形相・まったく同じ色相・まったく同じ質料を有し、さらにはかつて同一の物質として定義されていたために、感染魔術的なつながりが非常に強いものとなるのだ。
二つの半円をそれぞれ二人の人物が身につけた場合、結果として両者の間に熱量を行き来させる径が出来上がる。片方の人物が、例えば病などによって死――熱量の永続的停滞――に瀕していても、もう片方の人物が恒常的に魔力を送り込むことによって、熱量を再び循環させられれば、最初の人物はかなり長い期間を生きることができる。
つまり、一人が負うと死んでしまうような負担を二人掛かりで支えることによって、両方とも生きながらえようという療法であった。
「少し早くなったが、まぁ、ちょうどいい時期ではあるな」
「あら、なにが?」
首のすわりはじめたフィーエンを抱いてあやしていたイシェラが振り向いた。顔色は眼に見えて良くなっていた。
ウィバロは努めて表情を殺しながら言葉を続けた。
「引退する。もはや魔法大会には出ぬ。なるべく魔法も使うまい」
「どうして?」
「……なんだと」
「どうしてあなたが引退するの?」
「知れたこと」
ウィバロは懐から半円形の石を取り出した。
「イシェラ・ダヴォーゲンの足りぬ生命力を、ウィバロ・ダヴォーゲンの魔力が補っている。魔力を消費し過ぎれば、君の体を巡回する熱量の環は断たれてしまう。自明の理だ」
なにかを振り切るように、そう説明する。ほとんど自らに言い聞かせるために。
「……ウィバロ。あのね」
小さな子供を諭すような口調でイシェラは語りかけてきた。ウィバロは心の鎧の留め金を締め直した。昔から、どうもこの口ぶりには逆らいがたかった。
「三十年以上一緒にいたからわかるけれど、我慢しているときに下を向く癖は治したほうがいいわよ。損だから。いろいろと」
ウィバロは憮然と口を引き結んだ。
「で、それでいいの? あなたの気持ちは?」
「……気持ちの問題ではない」
「気持ちの問題よ。ウィバロ・ダヴォーゲンが、最後の一滴まで魔力を使い切らないと試合に勝てないほど戦術構築の下手な人なら話は別だけど。……ねぇ?」
と、腕の中のフィーエンに笑いかけた。赤子も小さな手を伸ばして無垢に笑っていた。
不意に、彼女はウィバロに眼を戻した。
「あなたの眼は」
静かな声だった。
「まだ戦いたがっている」
確かに、十分な余裕をもったまま試合に勝つのは、あまり難しいことではなかった。
四方から浴びせられる歓声を聞き、前方で失神している対戦相手を見ながら、ウィバロはそう思った。
戦術にある程度の枷ができはしたが、それでもウィバロはほとんどの魔導師達を寄せ付けなかった。むしろ魔力消費に制約があることで、より効率的な魔術運用を修得しはじめていた。
むろん、ごくたまにウィバロを負かしうる実力者が現れないこともなかったが、そのことごとくを退けてきた。逆境でこそ己の実力が真に発揮されることに、はじめて気付いたのだった。いつしか、ウィバロは“魔王”と呼ばれるようになっていた。
そのまま、年月は過ぎていった。
魔法大会では相変わらず不敗で、しかしそれに驕ることもなく魔力消費には神経質なまでに気を使った。
フィーエンは伸びやかに成長し、五歳を数えるころには魔術への興味を示し始めた。イシェラの健康状態も良好で、呪媒石は効果的に作用しているようだった。
ウィバロは穏やかな充足感を味わっていた。
●
星海が瞬いているただなかを泳いでいるような、どこかうつつを抜けた心地で、レンシルは剣戟を舞っていた。光が現れ弾け消え現れ現れ消え消え刃を通し現れ弾け現れ現れ弾け弾け現れ弾け現れ弾け弾け弾けお互いの攻撃意志をぶつけ合う現れ現れ現れ消え消え消え弾け現れ消え現れ現れ弾け弾け角度と剣勢が弾け弾け弾け現れ現れ現れ消え現れ現れ弾け消え消え弾け複雑な音色を奏でる弾け現れ現れ消え消え消え消え消え現れ現れ消えそれは弾け現れ現れ弾け現れ消え現れ現れ撃剣の複合打楽弾け弾け現れ現れ弾け現れ消え現れ現れ弾け消えた。
すくなくとも剣技においてウィバロがレンシルに勝るはずはないのだが、意志干渉力場の力はいまだに闘争の趨勢を揺り動かしていた。もちろん、剣をもってウィバロを打倒しようという意志そのものを曲げることはできない。だが、突くか薙ぐか振り下ろすかといった、どれを選んでもレンシル本人が違和感を覚えない選択肢からであれば、魔王の思うがままに操ることができる。
全霊を込めた連斬をことごとくかわされたのも、そのせいだ。
それがわかっていながら、レンシルには剣を振り続けるしかなかった。すくなくとも手数と剣勢においてはこちらが上回っている。押して押して押しまくれば、いつか力場の処理力を超えることができるかもしれない。
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