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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #12
「グッ……ガッ……!?」
凄まじい憤怒の貌で、彼は片膝を突いた。
その整った顔立ちを、吹き上がる血が赤く穢してゆく。
「ク、ソ、が……ぁ……!」
そして、彼は後ろを振り返ろうとする途中で、
緩慢に力尽き、
崩れ落ちた。
その体の周囲を、白い影が飛び回る。
そのたびに、新たな血散が花開く。
そのたびに、青年の体が痙攣する。
そのたびに、指や耳が千切れ飛んでゆく。
何度も、何度も。
嬲り殺し。
そういう他なかった。
地獄のような数瞬が過ぎ去り、もはや人相もわからなくなった青年は、ようやく安息を手に入れたらしく、二度と動かなくなった。
徐々に赤い領域が広がっていき、他の血糊と交じり合っていった。
白の者は、それを離れた場所から見ていた。青年が最期の一閃を放った方角の反対方向――すなわち、ソレが最初に立っていた場所だった。
刀を振り抜いた姿勢からゆっくり戻ると、血振りもせずに納刀する。
その刀には、一滴の血も付いていなかった。
――赤銀武葬鬼伝流は、血振りの動作を行わない。本当に人を斬ったのだとしても、刀に血がつく間もなく振り抜いてしまえばいいのだ。
ぼくは、もう、なにがどうなっているのか、なにをどうすればいいのか、まるでわからなかった。
そして、ようやく、そばに先輩がいることを思い出した。
「あれは……あそこに立っているのは……」
戯画めいて赤い惨劇の中央で、ぽつねんと立つ白い影を、震える指で示す。
「あれは……」
「師匠……ううん、赤銀ツネ」
彼女は、はじめてあそこに立っている者の名を言った。
強い力を込めて、言った。
そうなのか。
やはりそうなのか。
それしかないのか。
足元から這い上がってくる、わけのわからない恐怖に、ぼくはへたり込んだ。
「そして、わたしの……ママの仇……」
「……え……」
彼女はしゃがみ込んでぼくと目線を合わせ、言葉をつづけた。
「わたしのママは、五年前、あの人に殺された」
泣き腫らした眼の中に、精一杯の剄烈な光を宿しながら。
「わたしは、その現場を見た」
わななく口元を必死に動かして。
「怖かった。そして、抑えられないほど憎かった……大好きな……ママだったのに……!」
ほとんど、睨みつけるようにして。
「だから、わたしはあの人の足取りを追った。そして、赤銀道場ってとこにいることを掴んだ」
ぽろぽろと、涙がこぼれだした。
「最初は自信がもてなかった。このお婆ちゃんが、本当に人を斬ったのかって。――でも、いま、確信した……! あの人は! 辻斬りなの! 関係ない人を斬って喜んでる、そういう人なの!」
あぁ。
そうなのか。
だから彼女は、ウチの道場に入ったのか。
「仇を……討ちたいんですか」
これまでの、それなりに楽しかった日々が、赤銀ツネの曖昧と、霧散リツカの演技によってでっち上げられた虚構であったことを、ぼくは穏やかな絶望とともに受け入れた。
「そのために……赤銀ツネと同じ力を得るために……今まで修行に励んでいたんですね」
自分で驚くほど抑揚のない声。
「……そうだよ」
彼女は、ごまかしもせずに答える。
そして、枯れた笑みを浮かべる。
「キミにだけは、知られたくなかった……かな……」
激怒の情念が、ぼくの胸腔を内側から焼きはじめた。
裏切りだった。
その枯れた笑みが、裏切りだった。
あなたは、そんな笑みを浮かべていい人じゃない。
そう怒鳴りたかった。
ぼくの身内のせいで、そこまで追い詰められるなんてことが、許されるはずがない。
どうして相談してくれなかったんだ!
その思いを言葉にしようと口を開いたその時――
「アー」
――間近で聞こえたその声に、体毛を逆立てた。
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