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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #6
唐突な衝撃。ボンネットがひしゃげる轟音。
そして車両の尻が跳ね上がり、気絶しているシアラと上下に分断された部下たちが一斉に外に放り出された。直前にヴァシムが斬り飛ばした屋根部分が、彼らを先導するように吹っ飛んでゆく。
血しぶきと臓物が乱舞するただなか、ヴァシムは見た。空中から、見下ろした。
罪業駆動式直結車両の前部。装甲化されたバンパーの中心部に、小柄な、あまりにも小柄な人影が存在していることを。
病衣に身を包んだ、十にも届かぬであろう子供の姿を。
鋭い光を射込んでくる、無垢なる深淵を。
――こいつ、ヤバい。
ヴァシムは即座に直観した。ナリがガキだから、などという理由でこの存在をナメてかかるような愚を犯さなかった。
ただ者ではないことは、火を見るより明らかだったから。ただの子供が、四トンを超える車両の走行を真正面から止められるはずがないのだ。たとえどれだけ腕力があろうと、頑強だろうと、あのサイズの物体が四トンの質量と衝突して吹っ飛ばされずにいる道理がないのだ。アレはそのような物理学的常識を何らかの手段でねじ伏せた存在であり――つまるところ「即時粉砕すべき脅威」である。
ヴァシムは即座に攻撃を仕掛けた。空中で捻るように身をよじり、右腕部を展開して罪業収束器官を露出。
展開された長方形の罪業場を、一閃させた。
縦:4.23メートル。横:2.11メートル。
厚み:なし。質量:なし。色:赤紫。
イデア論の中にしか存在しえない「完璧なる長方形」が、現実に実体化していた。
これより大きくも小さくもならず、形状も変えられない。
厚みも質量もないため、物質とは言い難いが、しかし通常物質と相互作用する特質がある。乙零式機動牢獄ならば柔軟に形状/サイズ/性質を変化させ、多彩な戦局に対応できる恐るべき汎用性を示すだろうが、ヴァシムにそのような器用な真似はできない。
その腕に顕れる罪業場の性質はただひとつ。
電磁力の完全な遮断。
すなわち固体を固体としてまとめている相互作用力をすべてキャンセルさせてしまう。結果として――
絶対なる斬撃が実現する。
赤紫の半円が出現し、その軌道上に存在した万物を抵抗なく斬断する。
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