カイン人殺すべし。慈悲はない
総十郎の腕がフィンを解放した。反射的に斬伐霊光を足に絡み付かせ、空中に姿勢を安定させる。
そして――見た。
その男を。
死の化身を。
総十郎と刃を合わせ、熾火のような眼光を放つ、仮面の剣士を。
上背より瘴気が立ち上る。邪悪にのたうつ紋様が染め込まれた暗灰色の衣の上に、闇色のマントを羽織っている。右肩には、何か巨大な爬虫類の頭骨を加工したと思しき肩当てが装着されていた。
総じて、昏く残虐なる美を体現する存在であった。
――殺さなきゃ。
フィンの胸に、抗いがたい衝動が、冷たい殺意が、根源的な恐怖が、膨れ上がり、炸裂した。
殺さなければならない。アレは殺さなければならない。自分はそのために造られた。本分を果たさなければならない。
遺伝子の空白領域に刻まれた、カイン人への殺意。
フィン・インペトゥス准尉の存在理由。生ける意味。
「あああああああああ――!」
「フィンくん!?」
獣じみた咆哮を迸らせ、フィンは錬成した重銀粒子結晶の槍を、仮面の男に向けた。
戦術妖精たちは慌ててそれに追随し、砲身を展開し直す。
「ソーチャンどの! そこをどいてください! ソレは殺さなくてはいけない!」
「落ち着きたまえ。この男は小生が押さえておく。君は〈虫〉の撃破に集中したまえ。」
「よくわからんが――」
仮面の男が、不浄なる青白い幻炎とともに消失した。
次の瞬間、ぞっとするほど冷たい感触が喉元を鷲掴みにしてきた。
「〈虫〉を破壊できるのはこちらだけか。このような童が英雄とは笑わせてくれる」
「あ……っ……が……」
そのまま持ち上げられる。掴まれた個所から、死の静寂を思わせる冷気が体内へと侵入し、生命の熱を奪ってゆく。
全身から、力が抜けてゆく。
だが――
「……いと……殺、ない……殺さないと……!」
カッと眼を剥き、掌を仮面の男に向けた。
だが――戦術妖精たちが、敵のそばに寄るのを恐れている。砲身を構築すれば、仮面の男の瘴気に中てられることは確実だった。
「なに、を……しているで……ありますか……! 抗命……は軍法会議で、ありま、すよ……!」
苛烈な命令。だが当然だ。妖精たちとてセツの大義に身命を捧げる義務を負っている。
どれほど犠牲が出ようが、これは殺さなくてはならないのだ。
●
総十郎にとって、愕然と立ち尽くすなどという経験は非常に珍しい。
自分と友を守るための方策が、常に湯水のごとく湧いてくる身の上において、それは常人が被る以上の衝撃を与えてきた。
――フィン、くん……
何が彼にそれを言わせたのかはわからない。所詮は出会って数日の他人だ。彼の何を理解できているつもりだったのか。
理由などわかるはずもないが、とにかく彼にとって〈鉄仮面〉は存在自体が許しがたいもののようだった。弟妹のようにかわいがっていた妖精たちに、過酷な命令をせねばならないと判断するほどに。
だが、それにしたところであまりにも突然すぎる豹変ぶりに、何か不自然なものを感じる。
あの殺意は、本当に彼自身のものなのか?
何かの条件を満たすことで発動するよう、後天的に植え付けられたものなのではないのか?
首を振る。そんなことは今どうでもいい。
銀糸を蹴り、起風の呪の補助を受けながら、総十郎は一瞬にして〈鉄仮面〉との間合いを詰めた。
抜き打ちに斬りつける。
「シィ――ッ!」
少年の喉を掴む男は消失し、フィンは空中に投げ出される。
さらに踏み込んで、ふわりとその小さな体を抱きとめる。
「フィンくん……立てるかね?」
「ど、どうにか……」
顔色は蒼白だが、リーネの腕を治した時のような、深刻な欠落は感じない。
安堵とともに、哀しみが胸に満ちる。
フィンを下ろすと、総十郎は敵を決然と見やった。
「……察するに、〈鉄仮面〉氏とお見受けするが、いかに?」
「だとしたら、どうする」
「無論、御首級を頂戴いたす。しかし――その前に一応、なぜオブスキュア王国に害をなしてゐるのかを聞いておこうかと思ってな。」
「貴様に説明して私に何か得があるのか?」
「そう、関係ないでありますよ! それは殺さなくてはいけない!」
「フィンくん……優先順位を間違えてはいけない。君が真っ先に撃破せねばならないのはあそこで痺れている〈虫〉のほうである。」
「それは……だけどっ!」
殺意が、少年の瞳を濁らせていた。
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