かいぶつのうまれたひ #19
――やはり、似ている。
夏の空の下、フェンスの上に悠然と立つタグトゥマダークの姿を見た瞬間、篤はそう思った。
しなやかな痩身。長い手足。色素の薄い髪。そしてネコ耳。
顔立ちも背格好も特に共通点はなかったが、その佇まいにはどこか、死への意思を感ずる。
何らかの理由で、死に魅入られた者の立ち振る舞い。
まるで鏡を見ているかのような、親近感と嫌悪感。
そう、似ているのだ。篤とあっくんが似ているのと同じ程度に、篤とタグトゥマダークは似ている。
だからこそ、許せない。
「うぇええるか~む! 待って~たニャ~ン!」
タグトゥマダークは、ゆくりと振り向いた。満面の笑み。
眼が合う。空気が、ドロリと濁る。
「一人で来るとは感心だニャン! 武士道ってやつかニャン!? 超シブいニャーン!」
足首だけの力で軽く跳躍し、宙返りしながら床に降り立つ。
着地の際に音も立てない、羽毛のような動き。
同時に、頭のネコ耳がぴょこんとお辞儀する。
篤は、奥歯をかみ締める。
「――おぞましきかな、猫の化生。俺は何故か自分でもわからぬが、そのネコ耳をどうしても許せなくなったぴょん」
「へえ、そうニャン? 僕はキミの耳は嫌いじゃないけど、君自身は大嫌いだニャン」
亀裂のような笑みを浮かべるタグトゥマダーク。
「先にバス停を抜くといいニャン」
片足に体重をかけ、顔を傾ける。隙だらけの姿態。
「予言しておくニャン。戦いが始まったら、五秒以内にキミは地に膝をつくニャン」
――五秒、か。
篤はどっしりと腰を落とし、右腕をゆっくりと横に伸ばした。前回のように、バス停を引き抜く手を押さえられることがないよう、間合いを確保している。
――充分だ。
「顎門を開け――『姫川病院前』!」
腕が界面下に潜り込み、強壮に唸る鋼の巨鎚を握り締めた。
青白く迸る電撃とともに、バス停を一気に引き抜く。荒れ狂う大気に、髪や衣服が暴れまわった。心地よい重量感が、腕に宿る。
篤はタグトゥマダークを正面から睨み付ける。
「――我流、諏訪原篤だぴょん」
口の端を吊り上げ、タグトゥマダークは応える。
「虚停流皆伝、タグトゥマダークだニャン」
名乗りを終えて。
――いざ、尋常に。
「ニャァァァァァァンッ!」
「ぴょぉぉぉぉぉぉんッ!」
かくて、ウサ耳とネコ耳の死闘が、はじまった。
――直後、篤の胸から、血煙が吹き上がった。
「がッ……!?」
よろめきながら一歩二歩と後退り、片膝をつく。
「――あはは、一秒で片付いちゃったニャン」
背後から、タグトゥマダークの笑い声が聞こえた。
まるで、子供の失敗シーン満載なホームビデオを見ているような笑いだった。
●
「無音即時召喚……?」
「タグっちは、射美やゾンちゃんやディルさんとはちがうでごわす。ちゃんとしたおシショーさんについてって、キチッとしたバス停のあつかい方を習った人でごわす」
「だったらなんだってんだよ」
「バス停を呼び出すのに、いちいち召還文句なんか言う必要がないのでごわす。出ろと念じたときにはもう出ているでごわす」
「それは……」
攻牙は一瞬で、無音即時召喚という特質がもたらす戦闘への利便性を考える。
「……ヤバいな」
「そう、ヤバいんでごわす。ヤバヤバでごわす。たぶん諏訪原センパイは何もできないでごわす」
「ボクにそんなことを言ってお前はどうしてほしいんだよ」
「タグっちに掛けあって、諏訪原センパイを死なせない方向で決着をつけてもらうつもりでごわす。だから攻ちゃんはその間に逃げて欲しいでごわす」
「お断りだな」
躊躇なく即答。
「……どーあっても諏訪原センパイを助けに行くつもりでごわすか」
「ボクには思想も信念もねえけどな……それでも死の危険くらいじゃ止まってやらねえよ」
攻牙は踵を返し、駆け出す。
……駆け出そうとして、後ろから肩を掴まれた。
「どーも忘れられてるみたいでごわすけど、射美はタグっちの味方でごわす。それに攻ちゃんは一見ただのショタっ子だけど、実はそうじゃないカンジでごわす。常識で考えてタグっちほどのバス停使いに一般人がなんかできるとは思えないけど、攻ちゃんはなんかやりそうでごわす」
攻牙は、ゆっくりと、振り返った。
「ふふん。それで? 止めるのか? 力ずくで?」
「口で言ってもどーしよーもないカンジでごわす。しょうがないでごわす」
射美は口を引き結んでいる。
細い腕を頭上に伸ばし、叫んだ。
「接続! 第七級バス停『夢塵原公園』、使用権限登録者セラキトハートが命ず! 界面下召喚!」
眩い光が降り注ぐ。
「いいぜ来いよ! リターンマッチと行こうじゃねえか!」
肉食性の笑みを宿す攻牙。
この場に仕掛けた罠の数々を、脳内で瞬時にリストアップする。