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かいぶつのうまれたひ #26
謎の曲線は、戦場の至るところで浮遊静止していた。その数は二十個を軽く超えている。
――はは~ん? こいつは……
気配を察したのか、篤が視線だけをこっちに向け、
「ありのまま、今、起こったことをありのまま?」(意訳:何か気づいたのか?)
別にいきなりフランス人の騎士道精神にあふれたスタンド使いと化したわけではない。
「座ったまま! なっ! 座ったままの姿勢で!!」(意訳:なんだか知らねえが変なものが浮いてやがるぜ!)
半年ほど前、超高校生級武闘派不良集団『衛愚臓巣徒』との壮絶な暗闘を繰り広げた際、攻牙が考案した暗号言語である。
独特の文法と千以上に渡る豊富な語彙を誇り、敵に悟られずに作戦会議をすることができる優れものであった。
……そうか?
「震えるぞ震え……? 震えるほど震え?」(意訳:浮いている……? どういうことだ?)
「落ち着くんだ……落ち着くを落ち着いて落ち着くんだ……」(意訳:闘ってる間に前触れもなく傷を負ったなんてことはなかったか?)
「ウミネコだよ、ありゃウミネコじゃねーぜ、ウミネコだ」(意訳:むむ、殺意なき斬撃を受けたことはある)
「メメメェ!」(意訳:SO☆RE☆DA!)
その後、「飢えなきゃ飢えない。ただしあんな猫耳なんかよりずっとずっともっと飢える飢えなくては!」と手早く作戦会議を交わし、
「死ぬこたねー。さっきはそう死ぬこたねーだけだよ」(意訳:よしこれで行くぜ!)
「てめーはてめーをてめーらせた」(意訳:心得た。合図は頼む)
「こいつはくせえーッ!」(意訳:勝利を我が手に!)
「ゲロ以下のにおいがプンプンするぜーッ!」(意訳:勝利を我が手に!)
何なのこいつら。
●
はじめて彼の姿を見たときから、わかっていた。
すぐに思い出せた。
まさか、という思いと、やっぱり、という思いが胸の中で溶け合っていた。
昇降口で、立ちすくむ。
足が、震えていた。
――あぁ、わたしのせいなんだ。
それが、今、はっきりとした。
怖かった。
●
「おおおおおおおおおおおおぴょーん!」
無理やりすぎる雄叫びを上げ、篤は突進する。
タグトゥマダークは冷たい嗤笑を浮かべてそれを待ち受ける。
構えるでもなく、悠然と。
――よーしそのまま進め!
攻牙は、篤が語るところの「殺意なき斬撃」の正体について思考を巡らせていた。
巡らせていたというか、まぁ、ほとんど自明なのだが。
殺意がないということは、それは「攻撃」ではないということだ。すでにタグトゥマダークの意志を離れた「現象」なのだ。
つまりどういうことか?
「篤!」
「応ぴょん!」
攻牙の呼びかけに応じ、篤はバス停を振りかぶった。
そこにタグトゥマダークはいない。間合いはいまだ遠い。
「発振する――」
だが問題ない。
「――雷気なりッ!」
渾身の力を込めて打ち込まれた『姫川病院前』は、何もないはずの空中で、何かと激突した。
雷光が爆発的に迸る。
すると、同時に――
「ニャニャ!?」
――屋上の至るところで、何の前触れもなく、青白い雷気を纏った熱風が吹き出した。
まるで、空中に間欠泉でも出現したかのような勢いだった。
その数、二十数条。
それぞれデタラメな方向に、〈BUS〉の奔流を吐き出している。
――虚停流っつったっけ?
奔流の直撃を受けて体勢を崩すタグトゥマダークに、攻牙は不敵な笑みを投げかける。
――裏目に出たな!
つまるところ、開戦直後から篤を苦しめていた「殺意なき斬撃」とは。
その正体とは。
――いわゆる設置技だぁ!
空中に浮遊静止する、空間の裂け目。
普段、自分やバス停を通過させるために開かれる次元の出入り口を、非常に狭く細くするにより、どんな刀剣よりも鋭利な刃を作り出していたのだ。
不可視の刃が、空中で無数に存在しているという状況。
その位置を知っているのはタグトゥマダークのみ。
篤は、攻撃を受けていたわけではない。浮遊静止している次元の刃に、自ら突っ込んでいただけだったのだ。
ただそこに浮いているだけのモノに、殺意などあるはずもない。
そして、タグトゥマダークの動きが妙に曲線軌道というか、まっすぐこちらに向かってこなかった理由もこれで判然とする。
――自分が仕掛けた地雷に自分で突っ込むバカはいねえからな。
以上を踏まえて、攻牙が考案した作戦はこうである。
――次元の出入り口に全力の一撃を叩き込め!
その一撃に内在していた〈BUS〉流動は、衝撃波の形となって界面下に流し込まれるだろう。そして界面下の空間を伝って、この場に存在するすべての出入り口から勢い良く噴き出すだろう。
タグトゥマダークが次元の門を狭く細くしていたのも、こうなっては裏目であった。
流体力学の基本、「出口が狭いほど、流出の勢いは増す」。
ホースの口を潰してブシャー! と同じ理屈である。
……まったく予想だにしない不意打ちを受けたタグトゥマダークは、衝撃波に煽られて倒れかかった。
そこへ、蒼い稲妻を纏った飛影が突撃する。
バス停を振りかぶり、鋭絶な眼光を閃かせながら。
「是威ッ!」
雷蹄の一撃。
爆裂する。
炸裂する。
「ごギァッ!」
床に敵を打ち付ける。
叩き潰す。
円形に拡がる打震。
「ぐ……ぎ……」
胸板に重撃を受け、タグトゥマダークは口から血塊を吐き出した。
直撃。
初めての、ダメージ。
それも、甚大な。
「てめえは次に『馬鹿ニャ、こんなことが……』と言う!」
「馬鹿ニャ、こんなことが…………ハッ!?」
攻牙、地団太を伴うガッツポーズ。
――我ながら冴えまくりだぜ!
作戦の成就には、件の暗号言語によるところも大きい。あの言語を解読できるのは、攻牙と篤と謦司郎の三人の他には、『衛愚臓巣徒』との戦いで渋々手を組んだ風紀委員長の歌守朱希奈がいるのみである。
そこまで考えて、攻牙はふと、違和感を覚える。
――あれ? 謦司郎……?
こういう致命的なゴタゴタにおいて、喜々として首を突っ込んでくるであろう変態トリックスター。
闇灯謦司郎。
いつも、いるのかいないのかよくわからない奴だが……
キョロキョロと周囲を見回すが、奴の姿はおろか、その出現を示す黒い風すらどこにも見当たらない。
初めてここで、攻牙は事態の異常性に気づく。
――ボクは……いつから奴のシモネタを聞いていない……!?
愕然とする。
思い出せないのだ。
今までも、二三日ほど謦司郎の無意味なイケメンボイスを聞かないということはあった。
だが、それは何事もない平穏な期間だったからこそだ。悪の組織の襲来という超弩級の厄介ごとが発生しているにもかかわらず奴が姿を現さないなど、おおよそありえないはずである。
何か、尋常ならざることが起きている。その予感。
篤にこのことを伝えようと、意識を現実に戻す。
その時、篤はすでに倒れていた。
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