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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #65
つまり。
この男は。
「詮索は後だ。〈帰天派〉は反出生主義の急先鋒。殺しに躊躇はしないぜ」
「……わかった。行こう」
冷たい造形の顔に奇妙な愛嬌を滲ませて、男は目の前で身を撓めた。張り詰めた弓弦のような、あるいは高速で回転する独楽めいた、動的な静止であった。
直後、かき消えるような疾駆。
軽功術。それもこの練度は暗い目の男に匹敵する。
アーカロトは慌てて地を蹴り、疾風と化して後を追った。
「……ふぅん、歩幅のせいで遅いが……技術的にはもう極め終えている感じじゃねえか」
三白眼をぎょろりと巡らせ、並走するアーカロトを見やる。
「詮索は後と言ったのはあなただろう。僕はアーカロト。名前だけ教えてくれ」
「あぁ、おっちゃんはデイルってんだ。ディルじゃねえぞ、デイルだぞ」
「ではデイル。ギドを――あのお婆さんの安否確認に協力してくれると考えていいのか?」
「あぁ、ガキが九人、いきなり身寄りがなくなっちまうなんざ流石に目覚めが悪いぜ。もっとも、お前さんが本当にガキなのかはわからんがね」
そうして、さっきまでギドがいた地点に降り立つ。
無残な死体は――ない。思わず息をつく。だが爆圧で吹き飛ばされただけという可能性もある。
「……近くで複数人が歩いている。重サイバネが十二人。普通の人間が一人。聴勁てみな」
足裏に神経を集中する。聴勁は本来、打撃点より伝わってくる反動から相手の筋肉の動きを予測する技能だが、銃機勁道熟達者はこの遥かな延長線上の境地にいる。
重々しい振動が大地を伝わってアーカロトに感得される。その中に混じって、軽やかな振動。成人男性……ほどの体重はないな。これが、ギド?
「どーにも妙だぜ。なんで婆さん普通に歩いてんだ? 一緒にいる連中はなんだ?」
「とにかく、確認しなきゃ。行こう」
「おう」
黒煙の渦をかき分け、振動を検知した地点まで走る。
瞬間。
あたり一面を、影が覆いつくした。
煙ごしに、何か途方もなく巨大な存在が、音もなく接近してきていることを悟る。
エンジン音めいた音はなにもない。駆動音も大地を踏みしめる足音もない。
「これは――!」
デイルの目が、戦慄に見開かれる。
「まずいッ! 逃げろッ!!」
――それはこの罪業依存社会における恵みと滅びを司る荒神。
――頂点の暴力装置。
――祭壇にして神体。
まず目に入ってきたのは、合掌する掌、であった。
白く無機質な指ひとつひとつが、塔と見まがうほどの雄大さ。関節部から紅い光が漏れ出ているほか、装甲面すべてに集積回路めいた溝が走り、同様の妖緋光が拍動していた。
そして、合掌はひとつではなかった。横にひとつ。上に一つ。下に一つ。斜めにも、前にも、後ろにも。
大小さまざまな一対の両掌が、一見して数を察することができないほどの数をもって、大樹の枝葉のごとくそこかしこで天に摩する威容をそそり立たせていた。それら無数の合掌は、腕こそさまざまな角度をとっていたが、合わせた掌だけは皆一様に垂直に天を目指している。
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