困ったらアミバ
前から神韻短刀による刺突。後ろから神統器による斬撃。同時に体で受け止め、なおこの男は小揺るぎもしない。
「――どけよ、黒神。貴様自分が何をしてゐるかわかってゐるのか。」
「いや怖えぇよ!! 睨むなよ!!」
目が泳ぎ始める烈火。
「あのー総十郎パイセン? ちょっとそうゆうのアタシ良くないと思うんですけどあのーアレだろ相討ち狙いだろ要するに俺天才だからわかるんだけどさ、もうね、アホかと。バカかと。そーゆーノリは今日び流行んねえんだよボケが、ハァーやだやだこれだから大正時代のバンカラは根性論が大好きで困るわぁーうっおとしいわぁーマジ老害乙」
「言いたいことはそれだけか? 三度は言わんぞ。どけ。」
「だから怖ぇってば!! あのーだからね、つまり何が言いたいかっつーとだな――」
後ろから闇色の斬撃によって切り刻まれながら、烈火は平然と耳の穴をほじる。
「――らしくねーんじゃねーの?」
「なに?」
「とりあえず一本いっとく系男子!!!!」
烈火が腰を落とし、構えた――かに思えた直後、奴の指がこちらの鳩尾にえぐり込まれた。
泰 斗 養 命 牙 点 穴
打撃点から熱の塊を体内に撃ち込まれ、それが凄まじい勢いで経脈を循環してゆく感覚。
肺の中の空気がすべて強制的に押し出され、総十郎はその場に崩れ落ちて痙攣した。
「がっ、ぐっ、」
そして、生命を蝕む瘴気が一瞬にして吹き飛ばされる。全身の血管が膨張し、暴力的なまでに急激に良くなってゆく体調に、体が驚いてろくに動くことができない。
だが――どこか遠くで、幼く甲高い声が聞こえたような気がしたとき、総十郎は眼を見開いた。
もう聞くことはできぬと思っていた声だったから。
震える体を無理に動かして、声の方を見やる。
「あーっ! レッカどの、またあの「ぐえーっ!」ってなるやつやっちゃったでありますかっ!?」
それは。
その少年は。
「んだテメー、来たのかよ」
「来たのかよじゃないのでありますよ! ソーチャンどのがぼくみたいに白目剥いてのたうち回るとこなんか見たくないでありますよ!」
「むしろ俺は見てーから問題ねーな!! そして、え、なに、ぼく、て。何? イメチェンなの? イメチェン狙ってんの?」
「……ぼく、軍人はやめたのであります」
「へぇーすごいじゃん。ところでお前って精通まだなんか?」
「ちょっとはこっちの話に興味を持ってほしいであります!! あとセーツーってなんでありますか?」
「あ、いいや、よく考えたらお前の精通事情なんてクソほども興味なかったわ。で? あん? なに? 軍人やめた? 俺からの借金はどうするおつもりでありやがりますかこのファッキン無職野郎?」
「お、お金は必ず返すからちょっと待ってほしいであります!!」
「信用できねえなァァァァァオイ? 俺今のところテメーから一円たりとも貰ってねェェェェェェんですけどォ?」
「だ、だってだって、そもそもお金とかこの世界に来てから見たことすらないであります……」
「それはそっちの事情ですよねェェェェェェェェ!!!! 知るかボケェ!!!! 金利はトイチじゃボケェ!!!! つべこべ言ってねえでとっとと臓器売ってこいっつってんだよこっちはよぉ!!!!」
「……あの、ちょっと、いいかな、黒神さん?」
「あぁん!? ……え、なんでいんの〈道化師〉お前? なにしれっと味方みたいなツラしてフィンの横に立ってるわけ? ジャンプシステムなの? 味方になった途端クソ使えねー雑魚に成り下がるの?」
「そのつもりはないけど、一応あなたたちと敵対する理由よりも手を組む理由の方が大きくなったからね。……それであのー、あなた現在進行形で背中をめっちゃ斬られてるんだけどそっちについて反応してあげて欲しいなと僕は思ったんだな」
「え? あ、おう……テェメェェェェェェ中二暗黒剣士テェメェェェェェェェェェェメイドイン俺様の革ジャンをズタズタにしやがったなテェメェェェェェェコルァァァァァァァァァッッ!!!!」」
爆速の後ろ回し蹴りを繰り出す烈火を尻目に、総十郎はゆっくりと身を起こし、あぐらをかいた。
フィンを見る。
「フィン、くん……」
「はいっ! ソーチャンどの!」
目の前にちょこんと正座した少年を、まじまじと見やる。
どこかそわそわと落ち着かない様子で、こちらの言葉を待っている。尻尾を振りながらお座りをしている仔犬の風情だった。
何か信じられない奇跡を目の当たりにしたような心地で、呆然とする。
「その……大丈夫、なのかね?」
「はいっ! えっと、シャーリィ……お姉ちゃんに、助けてもらったのであります」
もう二度と、こうして語り合うことなどできぬと諦めていた。
こちらを見上げてくる、生き生きと輝く目を、もう見ることはできぬと思っていた。
「ぼく……ソーチャンどのやリーネどのが仰っていたこと、ようやく飲み込むことができるようになったであります」
「小生や、リーネどのが?」
「守られて在るのは、恥でも罪でもないのでありますね」
総十郎は、目を見開く。
「軍人だから、我慢しなくちゃいけなくて、軍人だから、民間人の盾にならなくちゃいけなくて、軍人だから、人に甘えちゃいけなくて……それ以外に牙なき人々を守る手段がまったくなくて、だからぼくのちちうえは、ぼくにそういう道を教える以外にどうしようもなかった。だけど、きっと、ちちうえも、そういうの、つらかったんだと思うのであります」
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