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吐血潮流 #13

  目次

 あまりの神々しい姿に、図書室にいたすべての人間は息をするのもわすれて目を見張っていた。
「すっげー」
「なに、あれ」
「ていうか誰あの子」
「あれだよ、ちょっと前に転校してきた」
「ヒャッハー! 上玉だぜェーッ!」
「こっち向いて~!」
 声に応え、射美は視線を巡らせると、ニコニコしながら出現したバス停を振り上げた。
「そ~ぉれ♪」
 軽く振り下ろす。轟音。打ち据えられた床を中心に直径数メートルのクレーターが出現した。砕け散った床の木材が四散して生徒たちを襲う。
 あちこちで「ぎゃあ」「痛ぇ!」「うわらば!」「僕の美しい顔が!」悲鳴が上がった。
「え~っとぉ、今のはホンキの十分の一でごわす♪ もっと痛い目に遭いたくなかったら地べたに這いつくばって大人しくしてるでごわす♪ 間違ってもケーサツに通報したり、スマホで誰かに連絡したり、あまつさえ射美のジャマをしたりしないでほしいでごわす♪ そんなことする悪い子はプチッてつぶしちゃうでごわす♪」
 場が凍りついた。
 射美は満面の笑みを残して踵を返すと、そのまま壁から突っ込んできたバスの方へと歩いていった。
 耳が痛くなるほどの沈黙が、辺りを包み込んでいた。射美が瓦礫を踏みつける音だけが続いている。床板を粉砕しながら広がるクレーターは、人間をモザイクが必要な物体へと簡単に変えられることを証明していた。
 ……これ以上ない示威行為だった。
 誰ひとりとして動くことができず、固唾を呑んで射美が去ってゆくのを待つばかり。
 ――そのはずであった。
「おいコラてめえちょっと待てや」
 甲高い声がした。
 小学生みたいな声がした。
「えっと何? 今よく聞こえなかったんだけどよぉ何だって? え?」
 立ち上がった奴がいた。
 睨みつける奴がいた。
「痛い目に遭いたくなかったら? あ? なんか言ったよなその後なんだっけオイ」
 鋼原射美――否、セラキトハートがゆっくりと振り返った。無表情だった。
「あっれれぇ~? 射美の声が聞こえなかったでごわすかぁ~?」
 ドブに繁殖する細菌でも見るような眼で、身の程知らずなことを言い出した輩を見下した。
「ミドリゾウリムシと黄色ブドウ球菌くらいの戦力差があることを、今の一発でわからせたつもりだったんでごわすけどぉ~」
 逆にわかんねえよ。
 攻牙はセラキトハートに指を突き付けた。
「お前は次に『おチビちゃんはつぶされちゃいたいんでごわすね?』と言う!」
「おチビちゃんはつぶされちゃいたいんでごわすね? ……ハッ!」
 ――やっべ一度やってみたかったんだこれ!
 地団駄を伴うガッツポーズで大喜びした。
 攻牙が最大の敬意を捧げる偉人(架空)の決め台詞なわけだが、ここでやる意味は特にない。
 しかし予想外にうまくいってしまい、なんとなく調子こいた攻牙はさらにでかい口を叩く。
「くっくっくジャマをするなら痛い目に遭わすだと? ナメてんのかてめえそりゃこっちのセリフだ! 痛い目に遭いたくなかったら霧沙希を置いていけコラ!」
「あらあらおチビちゃんはひょっとして射美をやっつけて霧沙希センパイを取り戻そうなんて身の程知らずなことを考えてるんでごわすかぁ?」
 攻牙はゆったりとした足取りでセラキトハートに歩み寄った。
「考えてるんでごわすよこの野郎っと」
 なんかダルそうに首をコキコキ鳴らすと、人をナメくさった眼でニヤリと嗤った。
「来な一年坊主。もう始まってるぜ」
 あまつさえ揃えた四指をくいくいっと曲げて『さっさとかかってこい』のジェスチャーをする。
 セラキトハートは不審そうにその様子を見ていた。
「な、なんでそんな自信満々なんでごわすか?」
「え? はぁ? 何お前ビビってんの?」
「むきぃー! ちょっとカチンと来たでごわす~! ……でも射美は相手がお子ちゃまだからと言って油断するような噛ませ犬とは違うでごわす」
 警戒しつつもじりじりと攻牙に近寄った。
 バス停の中ほどを持ち、丸看板の先っちょを軽く突き出す。力はほとんど込めていない。せいぜい尻餅をつかせる程度である。
「それっ♪」
「ぐはァーッ!」
 ……攻牙は盛大にぶっ飛んで壁に激突した。
「って弱ッ!?」
 ずるずると床に崩れ落ちる。
 壊れた人形のように手足を投げ出し、ピクリとも動かなくなる。
「えっと、あの、まさか死んでないでごわすよね……?」
 やや青い顔になるセラキトハート。
 だが――
「へっへっへっへっへ……」
 押し殺した笑いが、攻牙の口から漏れ出た。
「すげーなオイ……昼に喰ったハムサンドとコーヒー牛乳を危うくグラシャラボラスするところだったぜ……」
 ソロモン王七十二柱の魔神が今の状況と何の関係があるのかは大いなる謎であるが、そんなことはともかく攻牙はくわっと顔を上げ、跳ね起きながら横に手を伸ばした。
「そ、それは……!」
 伸ばした手が触れたものの正体に気づいたセラキトハートは、両手で顔面を庇おうとした。しかし背中に藍浬を背負ったままだったことを思い出し、思いっきり顔が青くなった。
「喰らえやオラァッ!」
 セラキトハートに向けて、白い粉煙が凄まじい勢いで噴射された。

【続く】

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バール
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