
ヒーローは遅れてやってこないとダメ
フィンは油断なくオークに目を向けながら声をかける。
「動けますかっ!?」
「ぐ……だ、大丈夫、です……まだ、わたしは……ッ!」
駄目だ。いきなり片腕が欠損して戦えるわけがない。
眦を決してオークを睨み付ける。
悪鬼は大樹に突き立った大鎌を無造作に引き抜き、悠然とこちらに歩み寄ってくるところであった。
大戦鎌を投擲し、ひとりでに動く鎖に引っ張られることで窮地を脱したのだ。寒気を覚えるほどの戦闘の天才であった。
「アあ、いいザマだナぁ、オイ」
巨大な口を歪め猛悪な笑みを浮かべる。
巌めいた拳に巻きつけた鎖を引き――そのまま体全体を大きく一回転させ、鞭を叩きつけるように鋼環の連なりを繰り出してきた。
「すグ楽にしてやるかラよぉ――!!」
その先端では、大戦鎌が高速回転し、紅い円盤を形作っている。
転げるように身を投げ出したフィンの足先を丸鋸のごとき斬撃が通過。苔むした地面に一直線の滑らかな切れ込みを入れる。
「ハハはハはははは!!」
オークは哄笑を上げながら鎖を縦横に振り回し、血色の光輪を乱舞させる。鎖を構成する環のひとつひとつに埋め込まれた紅玉が光を放ち、中空に地層のような縞模様を灼き付かせた。
さながら爆撃のごとく地面が連続で爆ぜ、土塊と木片と苔を撒き散らした。
「くっ――!」
異相圧縮された全身の筋肉を瞬発させ、どうにか紙一重で回避し続けるフィン。
しかし――攻撃の密度が高すぎる。黒き鎖は毒蛇のようにのた打ち回り、そこにオークの膂力を乗せた動きが加わることで圧倒的な攻撃回転率と威力を両立させていた。大戦鎌が地面に突き刺さったところで、そのまま一切速度を減ずることなく地中を斬り進んで半円を描いた先に再出現するのだ。もはや巨大なミキサーが付近一帯を粉々に砕いているようなものだった。
やがて――紅い円盤がある一点に向かおうとしているさまを見て取ったとき、フィンの総身に悪寒が走った。
「リーネどの!」
即座に斬伐霊光を伸ばして引き寄せるも、彼我の体重差からフィンの方が引き寄せられる形にならざるを得なかった。
「くっ」
リーネはそれでも気丈だった。銀糸を隻腕で掴み取ると、それを手がかりに体の位置をずらした。どうにか円盤の軌道から逃れる。
すぐにフィンがそばに駆け寄り、彼女の背と膝裏に手を差し込んで持ち上げた。
飛び退る。血の色の閃光が目の前を通過する。
彼女の体は断続的に痙攣し、浅い呼吸を繰り返していた。
明らかに血の気が失せている。目尻に溜まった涙が痛ましい。
――まずい。
すぐに適切な処置を施さなければ命に関わる。
だが。
「オラ死ねやァァァァァァァァッ!!」
跳躍した地面が砕け散る。だが、次が来る。次も次も来る。
単独ですら紙一重であったと言うのに、自分より大きな人を抱えた状態でどこまで持ちこたえられるのか。
必死に頭を回転させる。自らに備わった五種の錬金登録兵装をどのように活用しようとも、この状況を打破するすべは見いだせなかった。
――駄目だ。
どうすれば。どうすれば。目尻に涙が浮かび上がる。またか。また守れないのか。いやだ。いやだいやだいやだよ! どうしてこんなひどいことするんだよ!!
溢れ出す、思考。魂に染みついた、その強迫観念。
――自分が好きになった人たちは、みんな死んでしまうのではないか。
「い、やだ……」
顔が引き歪む。
「やだよぉ……」
迫りくる紅き破滅を前に、フィンは動けなくなっていた。自らの非力を心底恥じ、絶望した。
瞬間――
「神籟孤影流斬魔剣、虎式初伝――」
白い紙の群れが乱舞し、まるで空中に残る足跡のように交互の位置で静止した。ぼんやりと光る紋様が描かれている。
「――〈参〉。」
黒き風が、フィンの動体視力を超えた速度で駆け抜けた。
遠くこだまする美しい鳥の鳴き声のような鮮烈な玉音とともに、冴え冴えと冷たい霊気の宿った閃光が視界を二分する。
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