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終わりをもたらす者たち #2
急激に高まる熱気と殺気。いますぐ殺し合いでも始まりかねない圧力がその場に充満した。
〈テメェらは虐殺の使徒。血の神アゴスがお伸ばしになる無数の手のひとつだッッ!! いいか、手はグダグダ言い訳なんざ並べ立てねえ!! 逆らう奴は殺せ!! 逆らわねえヤツも殺せ!! テメェらは無敵の神の威をこの世に蠢いてるヒョロついたカスどもに示さなきゃならねえ!!〉
オークらしからぬ、宗教的な修辞も交えた鼓舞。比喩の概念を理解できるほどの頭脳をもったオークは一部だけであったが、何か凶暴な熱を直接脊髄に叩き込まれるように、すべてのオークが絶叫を上げてそれに応えた。鉄の大戦斧や粗雑な鎧が打ち鳴らされ、アゴスの御名が騒々しく連呼される。
大戦鎌を掲げた巨躯のオークは、それらに倍する大声で唱えた。
〈アゴス!! 殺戮の神!! 無限にして無敵なる者!! この世を噛み砕きすべての血を飲み干す終焉の咢!! 我らに啓示を授けたまえ!!〉
瞬間。
ありえざることが起こった。
大将と呼ばれたオークの上背から、淡く発光する煙のようなものが上がり始めた。
それは生きているかのように渦巻き、変形し、やがてあまりにも巨大なひとつの影を形作った。
肩幅が混沌飛竜の二倍にも達する、実物よりも彫りが深く凶悪な面持ちの、オークの姿であった。だが、その太く長い腕は三対六本ついており、口から生える牙の数も遥かに多かった。その表皮のそこかしこには、何か出来物のような球状の盛り上がりがあった。それが何なのかは判然としない。
半透明の像であったが、その造形の生々しさ、迫力は、地上のオークたちに恐怖と熱狂をもたらした。
地を揺るがさんばかりに唱えられるアゴスの御名。
〈アゴスよ!! 我らに道を!! 血塗れの道を示したまえ!!〉
すると、オークの巨神は腕を差し伸ばし、苔むした地面に横たわっている倒木の一つを掴んだ。
そして――持ち上げる。
ただの虚像ではない。アゴスは実在し、現実に力を及ぼしうるのだ。
血の神アゴスはもう一本の手を倒木に近づけると、五指に植わった禍々しい鉤爪を擦り合わせた。
たちまち火花が散り、引火。冷静に考えてあり得ない速度で倒木が燃え上がり、巨大な松明と化した。生木ではなく、デモンストレーションのために用意した乾燥木材だ。
燃え盛る炎を、見せつけるように掲げるアゴス。
〈見たかテメェら!! 木の上に引き籠っている? 燃やせ!! 燃やし尽くせ!! これは聖火だ!! オレたちの前に立ちふさがるクソ邪魔な森を燃やせ!! 焼き尽くせ!! ヒョロガリどもを隠れ場所から燻りだしてやれ!! わかったかァ!!〉
言葉と共に、燃え盛る木が轟音と共に地面に突き立てられ、炎の柱と化す。
〈枯れ枝もってこい!! 全員で放火しまくれ!! 焼き殺せ!! 灰も残すな!! 殺せ殺せ殺せ!!〉
応えるように三百体は一斉に咆哮を上げ、バラバラに散って行った。
後には、黒き鎧をまとった巨躯のオークだけが残された。
彼の背後に聳え立つ巨神は、現れた時と同じく、煙のように姿が崩れ、霧散していった。
「……相変わらず見事な煽動の手腕だな、ヴォルダガッダ」
そこへ、声がした。
低く、深く、そしてどこか枯れ果てた声だった。
直後、ヴォルダガッダと呼ばれたオークの王の前に、ひとつの影が忽然と姿を現した。
青白い不浄の幻炎が立ち上ったかと思うと、人型に収束し、実体化したのだ。
長身の、男。
……異様な人物である。
オークではない。ほっそりとした体格だ。しかし貧弱な印象はない。むしろ人族基準で言えば魁夷と言って良い。
見る者の心胆を凍結させるような、深く深く絶望的な負の瘴気が、その者の肉体を伝って地面に這い広がってゆく。絶対零度の炎とでも呼ぶべきその気体が触れた箇所の苔が、見る間に変色し、枯れ果てていった。
終わってしまった者――極めて高位のアンデッドであることは明白であった。
頭部は鉄仮面によって完全に覆い尽くされている。側頭部からねじくれた角の生えた、禍々しい意匠だった。その後ろから、灰色の長髪が伸びている。
バイザーから、熾火のごとき眼光が覗いていた。
禍々しい紋様の染め込まれた暗灰色の衣をまとい、闇色のマントを羽織っていた。だが、召し物の邪悪さは、かえってその人物の高貴さを浮き彫りにする役割を果たしていた。事実、ダークエルフの祀将であることを示す、竜の頭骨を加工した肩当てを身に付けている。かの黒きエルフの社会において、死霊術は禁忌でも何でもない。むしろ高位アンデッドとして、意識を残したまま永遠の存在となることは、ひとつの到達点ですらあった。
立ち上がり、歩みを進める。ただそれだけの動きからも、男が生前、極めてやんごとなき血を受け継いだ貴人であったことが見て取れた。生来の高貴さに加え、恐ろしく長い人生を匂わせる重厚な貫禄。所作の端々に宿る気品と威風は、相手が人族ならばそれだけで魂を打ち抜かれ、その場に跪きたくなるであろう。
だが――もはや暴力的なまでのカリスマも、オークに対しては効きが薄いようだった。
「ヤローどもは頭のつくりが簡単ダ。どいつもこいつもクソしょうもねえ低能ばかリ。操るのはわけはねエ」
ヴォルダガッダは、ややぎこちないながらも聞き取るのに不足はない人語で返した。
オブスキュアのエルフたちが見たら、瞠目して驚愕するであろう。人語を解するオークなど、一万年の歴史の中で一度たりとも確認されてこなかったのだ。エルフたちは、オークの単純で粗雑な言語をすでに解読し終わっていたが、その逆などこれまで一切なかった。
ぎこちなさも、オークとしての口の構造が、人語を発声するのに向いていないからでしかない。完全に習得しているのだ。
「……たまにわからなくなル。なんでオレだけ奴らと違うのカ、と。なんで奴らはあんなにクソ弱くてクソ低能なのカ、と」
「甘ったれるな。違わぬ者などいない」
「賢しらに言葉作ってんじゃねエ。死ねヨ」
苔の地面を蹴り砕き、一瞬で肉薄。小気味良い硬音と同時に大戦鎌が柄の中央から二つに分離する。双戦鎌が紅い軌跡を描き、それぞれの軌道で仮面の男の首筋に吸い込まれる。
諸動作が有機的に連動した、恐るべき練度の斬撃だった。常人ならば斬られたことすら理解できぬまま絶命するであろう強襲速度。
だが――
双刃が首を挟み斬る寸前で、ぴたりと止まった。
ヴォルダガッダは眉をしかめる。
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