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かいぶつのうまれたひ #24
「……不愉快だニャン」
タグトゥマダークは眉間に皺を寄せた。
「下位者の裏切りを処断するのになんでキミごときの了解を得なけりゃならないんだニャン? 弁えろよ学生クン」
「よくわかったぴょん」
「へえ、そりゃ何よりだニャン」
「……貴様が恐るに足らん匹夫であるということがな」
二人は険悪などというレベルを超えた視線を交し合う。
「あんまりナメた口聞いてると楽に死ねないニャン?」
「問題ないぴょん」
篤はバス停を構えた。
「部下の諫言を裏切りとしか認識できない卑小な男に、負ける気はしないぴょん」
●
――憎悪とは。
タグトゥマダークは、第九級バス停『こぶた幼稚園前』を握り締めながら、思った。
――憎悪とは、変革の力だ。
己の体が、内側から作り変えられてゆくかのような錯覚を味わう。
まったく身に覚えのない、強力にして清爽な意志の奔流だ。
それが、タグトゥマダークの四肢に常ならぬ力を与えていた。
だが、当の本人は、その恩恵に違和感と不快感しか抱けなかった。
――僕を支えてきたのは、憎悪の力だ。
――いつだって、憎しみの力で、夢月ちゃんを守ってきた。
組織に入る前から。バス停使いになるより前から。
ただの無力な子供であったころから。
貧乏とか賠償金とか酒浸りとか節くれだった拳とかなぜか消えてる上履きとかヒステリックな悲鳴とか学校の便器の味とか陰口とか、その他いろいろな醜いものから、妹を守るために。
――僕は、憎悪を選んだ。
いやいや。不幸自慢は趣味じゃない。
ただ、絶望ではダメだった。うまく利用すれば凄まじくえげつないマネができたのかもしれないが――恐らく、自分は、絶望を御せる器ではない。手首に残る無数の傷が、それを証明している。
――で、あるわけだから。
タグトゥマダークは、いつしか憎悪にどっぷりと依存していたのだ。頭から爪先まで、ことごとく。自分と夢月へ陰惨な悪意を浴びせてきたカスどもに、生まれてきたことを後悔させるために。
だからこそ、今の自分の状態には違和感を感じていた。
この、腹の底から湧き上がってくる、なんだかよくわからない力。
勇壮な活力。
これは、憎悪なのか?
タグトゥマダークの本能は、この問いに否と応える。
この力は、憎悪にしてはあまりにも澄み渡っている。
勇気などという唾棄すべきものが、体の中に漲ってゆく。血液の中に熱く溶けた鉄を流し込まれたような、この感覚。
総身に、迷いのない力が宿る。まったく身に覚えのない力が。
――クソくらえだ。
タグトゥマダークは、体の中に残る憎悪を奮い立たせた。
――僕が力を得たのは、自分が高みに至るためじゃない。
心なしか尖ってきた歯を軋らせ、目の前の少年を睨みつける。
諏訪原篤。存在自体がタグトゥマダークを否定しつくす、人の形をした覚悟。
――自分以外の全てを、自分より下に引きずりおろすためだ。
こんな、綺麗で健全な力はいらない。全てを壊し、汚し、貶め、そして最後には自分も一緒に沈んでゆくのだ。後に残るのは夢月だけで良い。
――あぁ……夢月ちゃん。
――僕は勝つよ。君のためじゃない。君を守りたいという、僕の滴る欲望のために。
体中の、殺戮の螺子が、きりきりと巻き上げられる。雄々しい精神の力を、ぎちぎちと締め上げる。
そして、思う。
――いつからだ?
いつから自分は、こんな愚にもつかない鮮烈でまっすぐな精神に汚染されてしまったのだ?
●
手を出すべからざる闘いがあるということを、攻牙はよく理解している。(今まで読み漁った無数の少年漫画から)
人は皆、その生涯の中でただ一度、己のためだけの敵と出会うのだ。
社会にとっての共通敵ではもちろんなく、他の誰かと協力して倒すべき敵でもなく、ただ自分だけが狙い、自分だけを狙ってくる敵。
自分のためだけに、宿命が用意した敵。
そういう奴はやっぱり居て、お互いに血色の糸で結ばれているものらしい。
だから――攻牙は迷う。
篤に手を貸すことは、果たして正解なのか?
介入は、できる。やろうと思えば。
驚異的身体能力と、ダンプカーに撥ねられても無傷でいるであろう防御能力、謎のエネルギーを用いた多彩な攻撃能力。バス停使いの驚異的なスペックは、確かに普通の人間が手出しできるものではないかのように見える。おまけに攻牙の戦闘能力は、体格の問題で常人以下だ。
普通なら勝負にもならない。
だが、攻牙は知っている。
篤や射美から口先三寸で聞き出した情報と、自分の目で見た実感が、頭の中で理論を形作り、正解を導き出す。
攻牙は、バス停を使わずしてバス停使いを倒す方法を知っている。
そしてそのための罠は、屋上にも仕掛けられている。
というか、屋上にこそ重点的に仕掛けられている。どうやらバス停使いたちは、自分たちの存在が公になるのを恐れているらしい。であるならば、普段人目につきにくい屋上が戦場となるであろうことは、簡単に予測ができた。それ以外にも、体育館の裏とかトイレの個室とか学校の裏山とか、とにかく人気のない場所はすでにトラップ地獄と化している。さすがに学校以外の場所にまでは手が回らなかった。その点については運がよかったと言えよう。
だから、罠はいつでも発動できる。各所に設置した防犯用赤外線センサーのスイッチを入れれば、今この瞬間にでも対バス停使い用即死トラップの数々は牙を剥く。
だが――それは果たしてやっても良いことなのか?
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