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ケイネス先生の聖杯戦争 第二十二局面
〈百貌のハサン〉の一個体である〈基底のザイード〉は、功に逸っていささか軽率な真似をしたことを思い知った。
生前の、多数の人格を一人で使い分ける万全の状態であれば、無論のこと目の前の魔術師どもを殺すのに何の苦もない。
だが、宝具〈妄想幻像〉によって、それぞれの人格が独立した八十騎のサーヴァントとして現界している今の状態では、一個体ごとの実力は単純に八十分の一である。
それでもただの人間を殺すなどまったく造作もないのだが、目の前のカソックじみたローブを纏う青年は、ただの人間などでは断じてなかった。
八十分の一にまで神秘の薄まったサイードの攻撃を防ぎ切り、あまつさえ奇妙な流体金属で反撃までしてのける。
即座に殺すのは難しい。
しかしこのまま撤退は芸がない。
ならば、少し離れた場所で無様に這いずっている間桐雁夜だけでも殺しておくべきか。だが、こちらはもはや放っておいても早晩死を迎えるであろうし、そもそも次の瞬間には流体金属の斬撃によって両断されているだろうと考えるべきだ。わざわざ手を下す必要は果てしなく薄い。
だが――そこでザイードは新たな要素がこの場に現れたことを悟った。
〈百貌のハサン〉の別の個体が、この場に到着している。
――〈迅速のマクール〉か。
矮躯の同僚だ。自分と同じく戦闘の気配を聞きつけ、霊体化した状態で潜んでいた。どうやらこちらの存在にも気づいているようだ。
ならば手の打ちようはある。自分がケイネスの注意を引き付けている間に、マクールが背後から仕留める。流体金属による自動防御も、攻撃動作中まで平素と変わらぬ機敏な反応ができるとは考えづらい。
マクールと目を合わせ、頷き合う。
その、瞬間。
二つの声が、同時に響き渡った。
「来いッ!! バーサーカー!! そこの黒づくめを叩き潰せェッ!!」
〈何をしている、ザイード。軽率に姿を晒すなとあれほど釘を刺しておいただろうに〉
どちらもザイードにとっては寝耳に水、青天の霹靂であった。
前者は間桐雁夜。なぜかこちらを憎悪を込めた眼で睨みつけている。今この場でわざわざ自分を狙ってくる理由がまるでわからない。
後者は己のマスターたる言峰綺礼。どういうわけか自分の独断専行がバレている。なぜだ。
喉の奥で泥が煮え滾っているような唸りとともに、狂える騎士がやってくる。片腕を失い、頸椎は粉砕され、視線は定まっていない。それでもザイードを片手間に縊り殺せるであろうことは確かだった。
「……是非もなし」
霊体化し、その場を離脱する。
●
――アサシンの排除には成功した。
衛宮切嗣は、AN/PVS-7 単眼式暗視装置の視界を通じて状況のすべてを俯瞰していた。
すぐにでもケイネスと間桐雁夜をステアーAUGで仕留めたかったが、暗視装置がもたらすサーマル映像の熱分布から、そこにランサーでもバーサーカーでもない霊体化したサーヴァントの気配があることに感づいた。
しかも、二つだ。
うち片方は切嗣の位置から遠くない。狙撃を強行すれば、この謎のサーヴァントに存在を察知されるであろう。
ゆえに彼らにはどうしてもお引き取り願う必要があった。
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