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ケイネス先生の聖杯戦争 第四十二局面
久宇舞弥を客間に通す。
マホガニーの椅子に座らせ、ティーテーブルを挟んだ向かい側にディルムッドも腰掛ける。
《まずこの会合が対等な情報交換の場であることを印象付けろ。向こうにも利益があると思わせるのだ》
「こちらが招いたのだから、まずは信頼の証として、君の知りたい情報をひとつ提供しよう。何でも聞いてほしい」
「……では、ランサー陣営と間桐家の間に締結された同盟の詳細を聞かせて」
《……許す。すでに同盟関係は露見しているのだから、致命的な情報ではない》
「すでに間桐のマスターである雁夜どのは聖杯獲得を断念され、我が主に全面的に協力する意思を固めておられる。同盟、と言うよりはすでにひとつの陣営だ」
ディルムッドは、ケイネスと雁夜の間に交わされた契約の詳細を語った。
そこで、扉が控えめにノックされる。
ディルムッドが応えると、稚い少女がアンティーク調のティーワゴンを押しながら入ってきた。
「おちゃをどうぞ……」
少し緊張した面持ちで、少女はテーブルの上にティーセットをたどたどしく置いてゆく。
「やあ、ありがとう桜。よく頑張ったね」
ディルムッドは目を細めて間桐桜の頭を撫でた。
桜はお盆を抱えてはにかんでいる。微笑ましいが、きっとケイネスが舞弥の心証の軟化を期して茶を持って来させたのだろうなということをなんとなく察して複雑な気分になる。
「舞弥、雁夜どのはこの子を救うために聖杯戦争に身を投じられた。そして、我が主が迅速に桜を救助され、その見返りとして雁夜どのは我が主のために尽力していただけることとなったのだ」
「そんなことが……」
桜がぺこりと頭を下げて退出すると、主からの念話が来る。
《他陣営の戦略や戦力について、知っている限りのことを聞け》
「……今度は俺の番だ。君たちが把握している他陣営の情報を知りたい」
「多すぎるから一つに絞らせてもらうわね。遠坂陣営とアサシン陣営は現在でも密な協力関係にあるわ」
俄かには、その言葉の意味が受け取れなかった。
「どういうことだ? アサシンはさきほど脱落したのではないのか?」
「切嗣はアサシンと思しき存在が複数存在しているところを見ているわ。遠坂邸で死んだのはその中の一体だけ。アサシンのサーヴァントは依然として健在と考えるべきね」
《群体型の英霊……? そんなことがありうるのか?》
ありえないことではない。ディルムッドにとっては遠い憧憬の対象であるケルト史上最強の大英雄、クー・フーリンが死闘を繰り広げた相手の中には、そのような特性を持つ者もいた。
思念を受け取ったケイネスは唸る。
《クラン・カラティンか。だがあれはどう考えてもアサシンのクラス適性などあるまい》
「脱落を偽装し、間諜に徹するつもりではないかと私は考えているわ。その情報をもとに、攻撃能力に優れたアーチャーが敵サーヴァントを撃破して回る……おおむねそんなところでしょうね」
容赦のない戦略だ。知らねば間違いなく敗れていたと確信できるほどの。
《なるほどな。まぁ前戯はこの程度で良かろう。ランサー、その女にどうすれば衛宮切嗣を裏切ってこっちについてくれるかと聞け》
ディルムッドは、息を呑んだ。
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