絶罪殺機アンタゴニアス #9
――自分は、何をしているのだろう。
内息を整え、気を練った。無意識の反復。どのような状況にあろうと、本能的にそれは成される。
四肢に残る麻痺は薄まり始めている。震えながらでも、右腕は動く。
今まさに男の親指を切断している少年は、内功についての知識はない。四歳の時に離れ離れになったのだ。内家拳法のさわりすら理解はしていない。だから油断しきっているし、男がすでに行動可能となっていることに気づいていない。
激痛が弾け、左親指がゆっくりと切断されてゆく。
喉が勝手に悲鳴をひり出す。
反射的に銃把を握りしめかけて――力が抜ける。
できはするだろう。いきなり銃を構えて、剥き出しになった少年の顔に、銃弾を撃ち込む。できはするのだ。
だが――やるべきなのか?
子殺しの大罪を担うべきなのか? そこまでするほどの大義が、男にはあるのか? それを成すことに、耐えられるのか? この場を切り抜けて、生き延びて、その後の人生に意味があるとでもいうのか?
どうせ自分は、もう長くない。
ならば、この命を、実子の罪業の完成に捧げるべきなのではないか。それが、父として息子にしてやれる、唯一のことなのではないか? 涙を流す子は、自分で最後にする――その言葉を、信じてやるべきなのではないか?
絶叫が、迸った。
右腕が動き、銃声がした。
火花が散る。乙零式は鉛玉を打ち払った体勢のまま、目を丸くした。
「驚いた。もう動けるの?」
男は自分でも意味の分からぬ叫びを上げながら跳ね起き、銃を乱射した。
勁力も何も乗らぬ。ただのめくら撃ち。
そして――自らが何をしたのか。どういうつもりで引き金を引いたのか。その自覚が、じわじわと魂を侵食してきた。
嫌だった。
たったそれだけのことだった。
四肢の先から少しずつ切断され、命が終わるのが嫌だった。血も凍るほどの恐怖だった。
我が身可愛さに、実の息子へ銃を向けた。
臓腑が身をよじり、胃液を吐いた。心身が腐ってゆくようだった。
乙零式は難なくすべて弾き飛ばすと、こめかみに手をやって仮面をかぶった。
「駄目だよお父さん……抵抗できない相手に最大の苦痛と絶望を与えて殺さなくちゃいけないのに……」
涙声で、語り掛けてくる。
「ただ殺すだけじゃ、罪業が足りないんだ。お父さんで最後にできなくなっちゃうんだよ……」
哀しんでいる。愛ゆえに。情ゆえに。そういうものを一切損なうことなく「二親を惨たらしく殺す」ことができる魂のありように男は恐怖した。
とめどなく血を流す左手をだらりと下げ、男はバックステップした。
距離を取らなければならなかった。これからやることのために。
愛のためでも、大義のためでもなく――保身のために。
無意味な、さして残り長くもないこの生にしがみつくために。
男は、その時を、待った。
吐き気を必死にこらえながら。
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