絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #39

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「ア? なに? 何なの君ら? 余裕ぶっこきアピールですか? ア?」
「おィィィィィ! なに敵の注意を引いてんだよ馬鹿ですかアンタは!」
 小声で怒鳴るという、器用な真似でこちらに怒りをぶつけてくるゼグ。すでにカウンター席の下に避難済みであった。
 アーカロトはショットグラスに残ったエタノール溶液を飲み干した。
 機動牢獄の重い足音が複数、接近してくる。
「……わかったことがある。お酒はまずいし体に悪いが、ひとつ重要な美点があった」
 もしも素面であったならば、機動牢獄の暴虐を前にして、「いやしかしこれもまた今の世界を延命させるには必要な措置であり、それを不快であるからと止めることが果たして正しいのか」とかなんとか小利口なことを考えて懊悩し、結果として犠牲者を出してしまっていたであろうことは想像に難くない。
「それは『酔った勢い』と言えば大抵のことは許されるという点だ」
「いや許されねーよアホか」
 その声を背後に聞き流しながら、アーカロトは飛蝗功をもって大跳躍。
 小さな両手に向け、二丁の拳銃を射出。銃把を柔らかく握る。
 片方はこの時代に目覚めて最初に手に入れたもの。
 もう片方は、ギドの伝手で手に入った、通常とは逆向きのライフリングが施された拳銃だ。
 対数螺旋の射撃フォームによる銃弾への勁力の絞り込みには、ライフリングの向きが極めて重要なファクターとなる。右手持ちの銃には左向きのライフリングが、左手持ちの銃には右向きのライフリングが、どうしても必要だ。これが逆だと腕の回転と銃弾の回転が相殺し合って威力がほとんどなくなってしまう。
 左向きライフリングの銃が手に入らなかったために、これまでは左手一本による不完全な銃機勁道しか駆使できなかったが――今ようやく、暗い目の男の功夫を縮小版ながらも再現できるに至った。
 空中で巧みに重心を制御し、上下さかしまの体制をとる。
 天井への「着地」と同時に壁虎功をもって吸着。機動牢獄らを見上げる/見下ろす。患者服がめくれ上がる。
「あァ? このガキ、まさか――!」
「マジかよ、マジ情報だったのかよ」
 アーカロトは、目を見開く。〈法務院〉はこちらのことを把握している……!?
 いや、考えてみれば当然の帰結だ。いくら〈組合〉が食糧自給に寛容とはいえ、〈法務院〉がこのタイミングで唐突に攻めてくる理由がない。アーカロト・ニココペクという存在を把握していたからこその襲撃だ。
 だが――どうやって? どこから情報が漏れた?
「おい、君たち――」
 暗い目の男の記憶情報、その最期の闘いはアンタゴニアスが安置される聖堂に押し寄せる機動牢獄たちを相手にしたものだ。〈法務院〉は絶罪殺機の存在を察知し、手中に収めようとしていたことは明白だ。
 ならば交渉の余地があるかもしれない。
 続く言葉を発そうと口を開いた瞬間――
「美味でした」
 それはまったく唐突に。
 何の前触れもなく。
 先頭にいた乙陸式機動牢獄の胸部装甲が爆砕し、内部から白い手が出てきた。艶やかな黒い炎が、その強靭かつ繊細な五指にまとわりついている。びちゃりと鮮血が飛沫いた。
「大変に、美味でした」
「かッ――」
 掌の中には脈打つ心臓が握られていた。それが見る間に青黒く腐敗してゆく。
「ありがとうございました。ありがとうございました」
 握り潰す。
 その場の全員が、言葉も忘れてソレ・・に見入る。
 前触れらしいことは何一つ起こらぬまま、機動牢獄の背後に出現・・した、その白皙の青年の姿を。

【続く】

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