
閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #26
「どうして」
思わず、言葉が口を突いて出た。下から吹き上がる二つの斬撃と同時だった。
交差する斬跡をかいくぐったウィバロが、魔導旋条砲を突き出して零距離砲撃。
「あなたは」
しかし最初の撃発光が閃いた時点で、レンシルは敵の頭上を宙返っていた。空中で優美な曲線を描きながらウィバロの背後に着地する。
「そんなに」
ウィバロは振り向かず、背中に手を伸ばすような動作で肩越しに魔導旋条砲を撃ち込んできた。あわてず、横向きの旋風のなか、最小の回避幅で弾幕をすり抜ける。
「眼が」
踏み込んだ軸足をねじり、体全体に回転運動を与えながら横薙ぎを繰り出した。硬質の手応えとともに激烈な魔力光が爆散した。魔王は変質した剣で受け止めたのだ。
「死んでるんですか!」
レンシルは吹き飛ばされながら、爆光の帳を突き破ってきた呪弾式群を片端から叩きのめした。すると、眼を灼く光が唐突に消え去った。すぐに、ウィバロの剣が魔力の爆発を吸収したことに気付く。
前方を見る。最強の敵が、両腕をこちらに向けていた。
右腕には魔導旋条砲。そして左腕には魔剣を核とする未知の砲撃術法。双方の攻撃意志の激突から発生した爆発的な魔力の燃焼をその身に納め、“溜め”は完了していた。
「どうして、だと?」
低い、どこまでも沈んだ声。
そして毒液が煮えたぎるような含み笑いが漏れ出る。
「お前は知らずともよいことだ、小娘」
その言い草にむっとしながら、どこか違和感を感じる。
お前? 小娘?
さっきと言葉遣いが違うような気がする。
いままでも、もちろん敵意はあった。が、こちらに敬意は払っているのか、『貴女』とか『導師アーウィンクロゥ』とか、一応丁寧な呼びかけだったはずだ。
そこまで考えて、はたと思い当たる。
わたし、あの口調に、覚えがある……?
記憶の底から、細切れの情景をすくいあげる。
三年前の情景を。
そして、理解する。
――このひと、あのころに戻りつつある。
そう、前魔法大会で相見えたとき、ウィバロは確かにこんな喋り方をしていた。気力と自信にあふれ、出場者というよりは会場に迷い込んだ子供みたいなものだった自分を苦笑しながら相手していた、あのころのウィバロ・ダヴォーゲン。
だが、その感情の方向は、今ではまったく逆になっている。
「わたし、驚いてるんです。この前あなたに会ったときから。……このうらぶれた老人が、本当にウィバロ・ダヴォーゲンなのか、って」
睨みつけながら、言う。声がとがる。
「恐ろしいひとだと思ったけれど、それ以上に尊敬してました。ちょっと憧れてたかもしれない。それほど、三年前のあなたは鮮烈でした。誰より誇り高く、振る舞いに余裕があって、そして強かった」
返答はない。ただ、沈んだ眼で見返してくるだけであった。
レンシルは、歯を軋ませる。
「多分、そのひとは死んでしまったんですね。もうこの世のどこにもいない。あるのは、使い手を喪って暴走している力と技術だけ。抜け殻なんですよ。フィーエンくんが泣いていたのも頷けます」
あえて辛辣に吹っかける。
「……わかるものかよ……」
反応が、あった。
「えぇ、わかりません。恨まれる覚えもないのにいきなり撃たれたこちらとしては、全然納得してませんし、全然わかりませ」
「わかるものかよ!!」
大喝。空間が慄く。
「死んでいた! 揺り椅子にうずもれて! 意味もなく! あっさりと! わかっているさアーウィンクロゥ、おまえに責任はない! だが、あれに引導を渡したのは誰か! おまえだ! 彼女はやつれ果てていた! 理不尽だと憤れ! 筋違いだと笑え! 涙の跡すらなかった! 俺を内から焼け爛れさせるこの憎悪が! イシェラの何が悪かった! 憎悪が! 何の罪があった! 憎悪が! それで鎮まるものなのならな!」
止めどもなく噴出する、激情。いままでせき止められていた分、凄まじい内圧を伴っていたであろうそれは、混沌と煮崩され、細切れの言葉となっていた。ウィバロ自身、感情を整理できていないのだろう。
ぐつぐつに溶けた怒りを吐き尽くしたウィバロは、不意にうつむいた。
「…そうだ…わかっていたのだ…魔術になど頼っていたところで…限界はある…」
足元に眼を向けながら、足元を見ていない。
「愚かよな…ありえざる力…あの時点で気付いてもよかったものを…なにが魔王か…魔術は息子を殺し…フィーエンの母を救わず…わが伴侶には生き延びる幻想をあたえたのみ…恐ろしい…憎い…俺も、フィーエンも…いずれ取り殺される…」
極みに達した超越者を、幾年も蝕み続けた妄執。
委細は知らない。だが、この三年間魔法を忌避し、フィーエンがそれに関わることもよしとしなかった理由を、漠然と感得する。
どうも、自分がそれに関わっていたらしいことも。
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