見出し画像

君たちはおかしい

  目次

「それは……」
「いや、それでいいんだ。軍人としては甘いのかもしれないけれど、その甘さはとても大事なものなんだよ。君がそれを捨ててしまったら、僕はとても哀しい気持ちになると思う」
「〈道化師〉どのも、そう思うのでありますか……」

 瞬間、〈道化師〉は小さく呻いて眉をしかめた。

「っつ……」
「ど、どうされたでありますか?」
「いや、どうも、肋骨にひびが入ってるみたいだ。はは、まいったね」
「まあ、大変!」

 にわかにエルフたちが色めき立つ。

「あ、あわわ、すまないっ! そんなに大変な怪我をさせるつもりはなかったんだっ!」

 リーネが顔を青くして宙を掻くように腕を動かし、

「湿布!! それから固定帯!!」

 シャイファは大慌てで立ち上がる。

「痛むのはどのあたり? 今痛み止めの薬草を持ってきますからね」

 女王シャラウは気づかわし気に眉尻を下げ、〈道化師〉に顔を近づける。
 少し苦しそうな顔をしたとたん、自分のために一斉に動き始めたエルフたちを、〈道化師〉は呆れたような眼で見ていた。

「とにかく服を脱がしますよ。まぁ、このままじゃ脱がせそうにないわね……」

 何のためらいもなく幽骨を操作して拘束から解き放とうとした女王に、〈道化師〉は目を険しくした。

「……ちょっと待て、シャラウ・ジュード・オブスキュア。気安く触らないでくれるかな」

 その声の冷たさに、女王はもちろん、部屋から出ていこうとしていたシャーリィ、シャイファ、リーネまでびくりと動きを止める。

「そっちの三人も戻ってきてくれるかい。僕に治療なんか必要ない。痛覚は遮断できるし、骨の固定も自分でできる。あなたたちなんかの手を借りる必要はまったくないんだ。うっとおしいからほっといてほしいんだけど」

 すげない言に、三人は傷ついた顔になった。
 それには構わず、〈道化師〉はじろりとシャラウを射抜く。途轍もない圧力が、その視線にはあった。

「シャラウ陛下。あなたは今なにをしようとした? 僕は捕虜だよね? そもそも、いましがた僕はあなたを侮辱したつもりなんだけど?」
「怪我人に捕虜とか侮辱とか関係ありません」

 女王も負けじと強い視線を返す。

「……なるほど、〈鉄仮面〉の気持ちが今ようやくわかったよ。呆れ果てたね。お話にならないや」
「心遣いに対して、ずいぶんと礼を失する態度だね、〈道化師〉くん?」

 横から口を出してきた総十郎に、〈道化師〉は口の端を釣り上げる。

「あなたも同じことを感じてきたはずだ。オブスキュアのエルフはちょっとおかしい
「……む……。」
「帝国のほうにも数は少ないけど都市エルフや荒野エルフといった連中はいてね。まぁ、エルフという種族は根本的に善良なんだけど、さすがに国家元首が危険な力を持つ捕虜の拘束を自分の目の前で解こうとするなんてトチ狂ったマネは決してしないよ」
「それでも、わたしたちは自らの心に従います。大いなる森の恵みと慈悲に恥じるような生き方は決してしない。目の前の怪我人には手を差し伸べます。それが誰であろうとも。その結果、何が起ころうとも。人族の方には奇異に映るかも知れませんが、わたしたちにとって「自分を大事にする」とはそういうことなのです」
「女王であるあなただけは、それをしてはいけなかったはずだ。別に自己犠牲を否定しているわけじゃない。なかなかできることじゃないし、尊い行いだとも思う。だけど、国民くにたみを預かる立場の人間がそれをするのは単なる無責任でしかない。あなたはそれをわかっていたはずだ。わかっていて、つい反射的に僕の拘束を解こうとした。度し難いのはその点だよ、女王陛下?」
「……っ」

 口を引き結び、目線を下げる女王。
 このことに関して、彼女も彼女で思う所はあるのか。

「ま、いいけどね。僕としてはオブスキュア王国がどうなろうとまったく知ったことじゃないし。でもそんな脳みそお花畑なザマでは〈鉄仮面〉の絶望を理解するなど到底無理だね」
「教えてほしいの……〈鉄仮面〉は本当にあの人なのですか?」
「あぁ、彼の生前の名はギデオン・ダーバーヴィルズ。間違いないよ。あなたの夫だ」
「どうして……っ」
「だからそれはあなたたちが自分で気づかないと意味がないんだってば。もういいかな? 僕はこれ以上あなたに情報を与えるつもりはないし、あなたから聞きたいことも特にないんだ。捕虜らしくどこかに軟禁でもしておいてほしいんだけど。それとも拷問でもしてみるかい?」
「そんなことしませんっ!」
「だろうね。じゃあもう一人にしておいてくれないかな。あなたたちと話していると本当に頭が痛くなってくるよ」
「……わかりました。個室の一つに案内します。傷は、本当に大丈夫なのですね? 何か必要なものがあったら遠慮なく声を上げてくださいね?」

 処置なし、とでもいうように溜息をついて肩をすくめる〈道化師〉。
 それを哀しそうに見つめるシャラウだったが、やがて〈道化師〉を拘束する幽骨に手を触れた。ローブの少年を飲み込むように巨大な気泡が発生し、床へと沈んでゆく。普段はしっかりとした固体なのに、エルフの意志に反応して液体のような振る舞いも見せる。まことに不思議な物質であった。

【続く】

こちらもオススメ!


いいなと思ったら応援しよう!

バール
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。