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ケイネス先生の聖杯戦争 第四十一局面
「アサシンが……脱落した……?」
使い魔ごしにそのさまを目撃したケイネスは、困惑に眉をひそめた。
「そうなのか。まぁ、敵が減って結構なことじゃないか」
「馬鹿者。ことはそう単純ではない」
能天気な見解の雁夜に、思わず息をついた。
「我々が干戈を交えた時、アサシンが横槍を入れてきたのは覚えているな? 私はてっきり遠坂時臣がアサシンを召喚し、バーサーカーの破壊行為に対する咎めを入れてきたのかと思っていたが……真実はより入り組んでいるようだな」
「つまり……なんだ? 時臣の本当のサーヴァントは、あの金ぴかの方だったとして……え? どういうことだ?」
「なぜアサシンは遠坂邸を警護していたのか? アサシン陣営と遠坂陣営が協力関係にあったとして、なぜ唐突にアサシンは裏切ったのか? どうも見た目通りの事態ではないように思える」
そこへ、ランサーからの念話が届いた。
《我が主よ。約束通り、衛宮切嗣の手勢の女性が間桐邸の近くまでやって来ました。いかがいたしますか?》
「丁重に出迎えろ。ただし他の陣営の目もあろうから、すぐに邸宅の中に引っ張り込め」
《御意に》
●
――自分は、いったい何をやっているのだろうか。
久宇舞弥は、自分の心が囚われている事実を、衛宮切嗣に報告しなかった。
意識的にそう決めたわけではない。気が付いたら報告していなかったのだ。
セイバー陣営の斥候としての役割を忠実に果たしながら、自覚もないままに切嗣を裏切っていたことになる。
もし包み隠さず話していれば、切嗣はどうしていただろうか。間違いなくこのコネクションを利用して、ランサー陣営を致命的な罠へと誘ったであろう。そうすれば、あのランサーは現界を維持できなくなり、この世から消滅する。
消滅、してしまう。
「なんてこと……」
非常にまずい状態に自分が置かれていることを自覚する。なんとかしなくてはならない。とにかく今日の逢引から生還出来たら、今度こそ切嗣には報告しよう。胸の中で、「愛」を知った自分が泣き叫ぼうと、問題なくそれを無視できるはずであるから。
そう意志を固めた瞬間。
「……失礼」
舞弥は足を払われた。バランスを崩して倒れ掛かった所を抱き留められる。
そして、自分がランサーの腕の中で抱えあげられている事実を認識した瞬間、どうしようもない幸福感と羞恥が舞弥の理性を千々に引き裂いた。
強引に抱き寄せられ、彼の雄々しい胸板の熱を頬に感じ、舞弥は思わず身を縮こまらせた。胎児のように両の握りこぶしを胸の前に引き付けている。
一瞬の浮遊感ののち、ランサーが着地したらしい衝撃。
「外では無粋な者らの目もある。無作法は許してほしい」
彼の包み込むような深い声に、甘い痺れが背筋を走った。悲鳴や抗議の声を上げることがどうしてもできない。
「来てくれてうれしく思う。ひとまず情報交換と行こうじゃないか。中で茶の一杯でも付き合ってもらえないか?」
そうして、舞弥はこの男に逆らうことができなくなっている自分を発見したのだった。
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