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ケイネス先生の聖杯戦争 第三十三局面
切嗣は心中でかぶりを振る。
――意地を張るべきではないな。
ケイネスが令呪によるランサー召喚を切り札として持っているならば、こちらにもまったく同様の切り札があることを知らしめれば、抑止効果は期待できるだろう。
切嗣はコンテンダー・カスタムを持たない方の腕を持ち上げ、手の甲をケイネスに晒した。
「……ッ! 貴様もマスターだったか……!」
「手向かったところで一矢も報いることはできないという現状は理解したかい? とはいえ僕としてもこんな序盤で令呪を削るのは面白くない。そこで提案だ」
令呪の宿った手を懐に突っ込み、羊皮紙を取り出す。
白紙の自己強制証文だ。
「キャスターを撃破するまで、お互いに危害を加えない――そういう戒律を書いてもらおうか。少しでも妙な真似をしたり、異なる言い回しを書いたりしたら、この引き金を引く」
自分の膝にふわりと舞い降りた羊皮紙の魔術証文を、ケイネスはしげしげと眺める。
「……そう書けば、この銃を引っ込めると?」
「ああ」
「そしてキャスター撃破までは同盟を組む、と?」
「そうなるな」
「なるほどな……」
それだけを確認すると、ケイネスは切嗣の差し出すペンを受け取った。
――その瞬間、切嗣は極めて異様な事態に気づく。
ケイネスの手の甲には、自分と同じく令呪が息づいていた。
しかし奇妙なことに、たった二画しかそこにはなかったのだ。
思わず眉をひそめた。ケイネスの監視をしはじめてから今まで、令呪を使わなければならないような事態などなかったはずだ。
ではこの男は、いったいいつ、どんな目的で令呪を使った?
「さて、提案の答えだが――お断りだ、卑しい魔術使い風情が」
急激な慣性が全身を襲った。
どういうわけかタクシーが急に発車したのだ。それが流体礼装の触手を密かに伸ばしてアクセルを押したせいであることに気づくと同時に、切嗣は容赦なく発砲。
しかし急加速のタイミングとベクトルをあらかじめ知っていたケイネスはすでに射線からずれたところにいた。後部シートのウレタンスポンジが爆裂し、舞い散る。しかし10グラムの鉛玉を超音速で飛ばす圧力の衝撃波が銃声という形をとって襲い掛かり、ケイネスの両耳から血が噴き出た。
「Scalp!」
銀閃がタクシーの内装を斬割。運転席のシートに、直線状の切れ込みが刻まれる。それが重力で倒れるより前に、次なる不条理が発動した。
「Time alter Triple accel!」
跳躍。流体礼装の斬撃を飛び越す。動きに遅れたコートの裾が切り落とされる。
主観において三分の一に鈍麻した時間の中で、切嗣はトンプソン・コンテンダーの薬室のロックを解除し、銃身をがくりと前に折り曲げる。排出された薬莢と入れ替えるように.30-06スプリングフィールド弾を叩き込み、手首のスナップを効かせて薬室を閉鎖。
客観時間において実に0.3秒足らずで再装填を終わらせ、空中にいる間に第二撃を発砲。全盛期の冴えを完全に取り戻した超絶技巧だ。
流体礼装はたった今攻撃動作を終えたばかりだ。仮に防御が間に合っても、トンプソン・コンテンダーの埒外の貫通力を防ぎ切る防御術式など、この一瞬で組めるはずがない。
とはいえ不安定な姿勢からの変則射撃だ。これで殺せるなどとは思っていない。体のどこかに当たって負傷させられればそれでよし。
……だが、この一射は、切嗣自身の期待を遥かに超える戦果を叩き出した。
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