やれやれだよ(半ギレ)
「またそレかよッ!!」
「ほら、ヴォルダガッダ。早く地上に降りた方がいい。君のかわいい舎弟たちは、君の指揮を待っているよ。このままほっといたら全滅だ。それはさすがに忍びないだろう? 〈終末の咆哮〉に見放されちゃうよ?」
「あのヤロウはどうすんだよッッ!!!!」
ヴォルダガッダは激してクロガミを指差す。なりゆきについていけず、ぽかんとこっちを見ている。
実際、なりゆきについていけないのはヴォルダガッダも同じだった。
そして一人だけわかってる風なツラの〈道化師〉が癪に障ってしょうがない。
「彼は僕が責任をもって足止めしよう。その間に君はオークたちを率いてヘリテージから脱出したまえ。なにか異論は?」
ない。少なくとも、すぐには思いつかない。
だが、このままはいそうですかとうなずくつもりもなかった。
腕を雷光の速度で伸ばし、〈道化師〉の胸ぐらを掴み上げた。
「テメェ、さっきからウゼェんだヨ。スカしたツラしてわけのわからねえことばかり……後で全部説明しヤがれクソが」
「やれやれ……いいよ。わかった。黒神烈火と違って僕は殺されたら普通に死ぬからね。君を怒らせるのはやめておくよ。怖い怖い」
ヴォルダガッダは喉の奥で唸ると、突き飛ばすように手を離した。
そして踵を返し、天に向かって咆哮を放った。混沌飛竜の重く湿った羽搏きが、ほどなく聞こえてくる。
その脚を掴むと、悪鬼の王は舞い上がり、地上を目指した。
「あ、オイ、ちょっとぉ!?」
「はい動かない。あなたはここでしばらく僕とお話ししていてもらおうか」
そんな声を背後に聞きながら、ヴォルダガッダは牙を軋らせていた。
●
混沌飛竜の影を見送った〈道化師〉は、右手を黒神烈火に掲げながら、〈鉄仮面〉に微笑みかけた。
「さて、あなたは〈虫〉の護衛に行ってほしい。黒神烈火とは別口の異界の英雄が、僕たちの切り札を破壊しようとしているんだ」
「お前はそれをわかっていながらむざむざ見過ごしてここに来たのか」
「おいおい勘弁してくれよ。僕はあなたと違ってよわっちいんだ。英雄二人の相手なんて無理無理」
バイザーから覗く眼光が、不快げにしかめられる。
だが、次の瞬間、青白い不浄の幻炎が立ち上り、〈鉄仮面〉の姿は消え失せた。
聞き入れてくれたようだ。
「はぁーっ、やれやれまったく、気疲れのする友人たちで困ったものだよ。なあ、そう思わないかい黒神さん?」
「オイ!! これッ、ちょっ、なんで動かねえんだこれッッ!!!!」
「それを説明して僕に何か得があるのかな?」
「いやあるだろうが!!!! ドヤ顔で能力の説明するチャンスだろうが何やってんだテメー!!!!」
「なんだろう、とんでもない文化の隔たりを感じるな……」
眉間を揉み解す〈道化師〉。
殺すことは不可能で、存在しているだけで迷惑極まりないという、最上級にやっかいな存在であるが、一応会話は成立する。
元の世界にお帰り頂くために交渉をしなくてはならないだろう。
――でも、多分無理だろうなぁ……
内心重いため息をつきながら、ともかく〈道化師〉は口を開いた。
「ええと、とりあえず、黒神烈火さん。あなたはこの世界で何を目的に戦っているんだい?」
「パイオツ」
「え?」
「パイオツ」
「……」
「……」
〈道化師〉は、頭を抱えたくなった。
●
――サイズが違いすぎる。
フィン・インぺトゥスは、切断力を最低にした斬伐霊光の檻を縦横に飛び回りながら、歯噛みした。
目の前には、有機物と無機物の精緻な融合物が空を舞っていた。翼の生えた蛇を思わせるシルエットだが、その胴の直径はフィンの身長の二倍を越える。
合体する以前は肢だった部位が、それぞれ宙を飛び交い、黒紫の光弾を連射。
跳び、体を捻り、銀糸を掴み、再び跳躍――立体的に機動しながら烈光聖箭で応戦。すでに斬伐霊光は縦横に張り巡らされている。〈竜虫〉の巨体が動くたびに幾本か切断されるが、糸は即座に補填される。そしてフィンの目となり耳となり神経となって、戦域に対する客観的・高次元的な視点を与えてくれる。ここはもはやフィンの体内だ。どこで何が起こっているか、即座にわかる。
それらの狭間を縫うように、総十郎の黒影が迅雷の速度で跳び回り、〈竜虫〉の光翼と切り結ぶ。
――近づかないと。
フィンが保有する錬金登録兵装の中には、カイン人の腫瘍艦を撃破するために開発された対機甲兵器用攻撃手段が存在している。
しかし、あの巨体でありながら、〈竜虫〉の挙動は異常と言って良いほどの俊敏さを誇る。もはや物理法則への冒涜とすら言えるレベルだ。
――烈光聖箭すら当たらないのに、アレが当たるとは思えない。
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