
閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #7
角度を付けて敷石を踏み込み、街路の中央に復帰する。
咆哮。
軸足を中心に全身に捻りを加える。鞘に納まる剣の形に組んだ両手を、ウィバロから隠す姿勢で、レンシルは一個の弾丸となった。迫り来る弾幕の直中へ、銃弾の勢いで突撃する。
全身の発条が弾けた。一瞬にして鞘の拘束から解き放たれた魔導構造剣が刃鳴りを轟かせる。
疾り抜ける赫い閃光。
猛然と突き進む呪弾式が、数個まとめて叩き潰された。行使者の手から直接呪力を注ぎ込まれる魔導構造剣は、存在論理の強固さにおいて呪弾式の比ではない。剣魔術士は魔王の仕組んだ心理的な縛鎖を断ち斬ると同時に、敵対者への突破口を開いた。
猛進する。
――鳩尾に柄頭の一撃を加えて取り押さえるっ!
そして、すべてを尋ねなければ。なにもかも、すべてを。それから――
ふと、気付く。
いつのまにか、周囲の空間には無数の発光体が浮遊していた。光は、回転軸をゆるやかに変じながら回り続ける魔導構造の円環の中に捉えられていた。レンシルは前後左右全方位をそれらに取り囲まれていた。
剣魔術士は、ようやく思い当たる。自分は無数の呪弾式をかわしていたにも関わらず、背後で当然発生するはずの破壊音が一切なかったのは何故なのか。
その答えが、これ。あらかじめ用意していたのか、戦闘中に紡ぎ出したのかはレンシルの知る所ではないが、撃ち放たれた呪弾式は全てこの回転円環に捕らえられ、今現在自分を完全に包囲している。
魔王はあからさまな失望の表情をしていた。その程度なのか、と顔が語っていた。
瞬間。
全ての円環が一斉にレンシルの方を向いた。閉じ込めていた攻撃意志の塊を解き放った。
剣で捌き切れる量では、なかった。
●
妙な所に迷い込んじまったな。
エイレオ・アーウィンクロゥは頭を掻いた。
つい数分前まで表通りを歩いていたハズなのだが。ふと気が付けばこんなさびれた裏街道をひとりぽつんと進んでいる。一緒に露店や屋台をひやかしていたはずの悪友たちともはぐれてしまった。
特に意識して離れたわけでもないのに、一体何でこんなことに。
それにしても、人がいない。
このごろは街の人口密度が数倍に高まっているはずなのだが、自分以外の人間を一人たりとも見かけない。遠くから喧噪が耳に入ってくるようなこともない。
違和感を覚える。
まるで、つい今し方に人間だけがふっと消えてしまったかのような、
「“剣”を抜けアーウィンクロゥ! あの時と同じに!」
突然の怒号。咄嗟に身構える。
いきなり何だよ。というか誰だよ。どうでもいいが俺は剣なんか持ってないぞ。
きょろきょろと頭を振り、ようやく怒号の発生源をつきとめる。別れ道の先で、二つの人影が対峙し合っていた。
「あ。姉貴」
一人は、レンシル・アーウィンクロゥ。一見しただけで緊張しているとわかるほど、その面は強張っていた。
もう一方の人物は、掌をレンシルへと向け、心胆の寒くなるような眼光を浴びせていた。
――ウィバロの爺さん!
エイレオは、かの魔王とも面識がある。フィーエンの家に遊びにいった時によく相手してもらったものだ。みてくれはやたらと迫力があるが、結構いい人だった。魔術学科の課題を手伝ってもらったこともある。
三年ほど前だったか。どういうわけか態度がいきなり硬化した。もうフィーエンとの友誼は絶ってほしい、とまで言われた。理由も、答えてくれない。
フィーエンとはその後も友達であり続けている。もちろん、ウィバロには内緒で。
しかし、あれ以来フィーエンの家に行くことはなかった。
エイレオ自身、その理不尽に腹を立てていたのだ。フィーエンの友達を選ぶのはフィーエンであって、アンタじゃない、と思っていた。
そして現在。
レンシルとウィバロが対峙している。
なぜ、この二人が、今ここで。
ひどく混乱する。
ウィバロが掌から精緻な呪紋を紡ぎ上げ、砲口を組成する。暴力そのもののような呪弾式が放たれる。
――なんでっ!?
風を巻き込みながら高速で飛来する破壊の塊を、レンシルは横に身を投げて避けた。
エイレオは思わず感嘆する。オレだったら絶対に今の一撃を避けられなかった。まがいなりにも前魔法大会優勝者。その身のこなしは並の戦士を凌駕している。そもそもウィバロの一撃にしても、常識はずれの破壊力を孕んでいることは一目でわかる。
これが、導師級魔術士の実力か……
――惚けている場合ではない。
つまりは、今の攻撃に致命的な呪力が込められていたというまぎれもない証左。なんだかわからんが、爺さんは姉貴を殺す気だ。突然の出来事に混乱する頭脳で、なんとか姉を援護できないものかと必死に思考を巡らせる。
その間に、ウィバロは呪弾式を連射している。魔力反応の砲火が周囲を明滅させる。俊敏に石畳を蹴りながら、レンシルはそれを躱し続ける。
エイレオは、気づいた。レンシルがやりすごし、その背後へと飛んでいった呪弾式が、中空で唐突に停止したことに。あまりにも違和感を想起させる光景だった。停止した呪弾式の周囲では、複雑にして精妙な術式が環のような構造を展開させている。回転軸を変じながら回り続けるそれが、疾走する砲撃を宙に押しとどめているようだった。後続の弾体によく目をこらす。魔導砲弾の弾核部に、呪弾式とは独立して機能する魔導構文が添加されている。弾体が一定の距離を疾った時点で表裏がくるりと裏返り、その術式は発動した。『断絶』の意を冠する呪紋が刻印された円環の回転によって、球状にくりぬかれた位相空間における位置座標軸と力学的な系を混乱させ、呪弾式に進むべき方向を見失わせたのだ。
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