見出し画像

吐血潮流 #14

  目次

 紳相高校は木造校舎なので、火災に対する備えは万全を期している。校内のいたるところに消火器が設置されているのだ。それは図書室も例外ではない。
「ワザとぶっ飛んで消火器のところへ向かうとは、味なマネをしてくれるでごわす」
 鋼原射美は、白く閉ざされた視界の中で唇を噛んだ。
「っていうかぶっちゃけ危なかったでごわす。間一髪でごわす」
 粉煙は射美のところまでは届いていない。〈BUS〉を巧みに操作し、体表面にエネルギーフィールドを形成したのだ。体の一部にフィールドを張って攻撃に耐えるという程度ならどんなバス停使いも無意識にやっていることだが、それを体全体に隈なく展開させるとなると、なかなかできる芸当ではない。
「でもこんな小細工、射美には通用しないでごわすよー!」
 片手で無造作にバス停を振るう。巻き起こる豪風によって白い粉煙は横一文字に引き裂かれ、そこを中心に掻き消えていった。
 急激に晴れる視界。
「さぁ~て、おチビちゃん。かーくーごーでーごーわーすー。ちょっと見た目が愛くるしいからってあんまり調子こいてると射美も怒っちゃうでごわすよ~……って、あれ?」
 そこに攻牙はいなかった。
 左右を見回すも、物陰から恐る恐るこっちを見ている一般生徒たちの姿が見えるだけで、肝心の頬ずりしたくなる小学生ルックが見当たらない。
「ありゃりゃ? ひょっとして逃げちゃったでごわすか?」
 五秒ほど警戒していたが、何の反応もない。
 ――なぁ~んだ。
 どうやら本当に逃げてしまったようだった。
「射美の買い被りだったでごわすかぁ。やれやれでごわす」
 肩をすくめつつ、壁に大穴を開けたバスへと向かう。
 バス停を軽く振ると、バスのドアが自動的に開き、射美と藍浬を中に迎え入れた。
「霧沙希センパ~イ、ここで休んでてくださいでごわす♪」
 気を失ったままの藍浬を座席の一つに寝かせると、自分はドアから出て行って屋根の上に飛び乗った。ただの人間ではありえない跳躍力だった。
「出発進行でごわす♪」
 軽やかに『夢塵原公園』をひと振りすると、バスは崩れかけの壁を吹き飛ばしながら後退しはじめた。頭側を振り回すように方向転換し、爆発的に加速。地面に深い溝を刻みながら走り出す。
「気分ソーカイでごわす~」
 物凄い速度でカッ飛んでゆく紳相高校の景色に目を細めつつ、セラキトハートは鼻歌交じりにスマホを取り出す。青いボタンを引っ張り出した。
「あ、もしもし? タグっちでごわすか~? バッチリ成功でごわす~拉致完了でごわす~」
 ……その瞬間。
 がたん、と。
 物音がした。
「ごわっ!?」
 珍妙な驚きリアクションもそこそこに、セラキトハートは真下を見る。
『どうしたんだい射美ちゃん? 何か問題かい?』
「な、なんかバスの中から物音がしたでごわす」
『霧沙希藍浬が目を覚ましたんじゃないのかい?』
「たぶんそーだと思うんでごわすけど、ちょっと見てみるでごわす」
『あ、ちょっと待っ……』
 携帯を切ると、セラキトハートはバスの屋根のふちに手をかけて、音がしたあたりの窓から中の様子をのぞき込んだ。
 そして、息を詰まらせた。

 ●

 ――かかったなアホめ!
 最初から消火器の白煙に紛れて車内に潜んでいた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・攻牙は、あらかじめ開けておいた・・・・・・・・・・・窓から両手を突き出した。
 上から窓を覗き込んでくるセラキトハートの両眼に、張り手をかました形だ。
 ちんまい掌には、消火器の粉――リン酸アンモニウムがべったりと付いている。
「ぎゃんっ!」
 いかに言っても不意打ちだったようだ。両眼に白粉をなすりつけられたセラキトハートは、悲鳴をあげて顔を覆った。
 バスが急停止する。
「おい、おい! 霧沙希! 起きろ!」
 座席で気を失っている藍浬の頬を手の甲でぺちぺち叩くが、目を開く気配はない。
「うぅぅぅ……ひどいでごわす……」
 地の底から響く呻きのような声が、車外から漂ってくる。
「射美がせっかくオンビンに済ませようと手加減してあげたのに……」
 攻牙のすぐ横を、鋭い閃光が走り抜けたと思った瞬間、バスの先頭部分が一瞬で斬り飛ばされた。
 断面から突風が吹きこんでくる。
「も~許さないでごわす……つぶしちゃうでごわす~!」
「ちっ! もう動けるのかよ……!」
 攻牙としては、さっきの眼潰しで数分は時間が稼げると思っていたのだが、あてが外れた。とっさに目を閉じていたのか――あるいは図書室での消火器噴射を防いだ力の応用で、粉を弾き飛ばしたのかもしれない。敵のスペックがわからない以上、そのあたりは想像するしかない。
 足音がする。ゆっくりとした足音が。
 断面の端から、セラキトハートが姿を現す。
 眼が、禍々しい血の色に染まっていた(要するに涙目)。
「めっさぽん痛いでごわす~! 仕返しでごわす~!」
 車内に足をかけ、バス停を振りかぶりながら、セラキトハートはこっちに踏み込んできた。
「くおぉっ!」
「ごわっ!?」
 攻牙が思いっきり横のシートベルトを引っ張ると同時に、バス停の柄が唸りをあげて脇腹を打ち据えた。
 ちっこい体は真横に吹っ飛び、ガラス窓を突き破って宙を舞った。
 たっぷり五メートルは滞空したのち、地面に叩きつけられ、二回転半ほどでんぐり返った末にようやく止まる。

【続く】

いいなと思ったら応援しよう!

バール
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。