絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #41
ジアドの過ごす一生涯のうち、一分間だけを区切る。
フィルムの一部を切り取るように、その一分を世界から切除する。
しかるのちに切除された一分間を六等分に分割する。
十秒だけ存在できるジアドの切れ端六人が、切除箇所よりも未来の時間軸に一斉に貼り付けられる。
すると、本来そこに存在しているジアドを含めて七人のジアドが同一時間軸に存在することになる。
六人のジアドは、残り六体の機動牢獄の背後に出現する――
●
というような事情を完全に理解していたわけではないが、天井のアーカロトはひとたび消えた青年が、今度は六人に増えて機動牢獄らの背後に出現した時、即座に行動を起こした。
――全員殺されてしまう。
それはまずい。せっかくの〈法務院〉との交渉チャンスがふいになってしまう。
壁虎功で張り付いていた天井を力強く蹴り、縦回転しながら内功を練る。しかるのちに轟音とともに着地。反動として返ってくる大地力を経絡で纏糸勁に変換し、左掌に絞り込む。鮮烈な勁気を立ち上らせながら叩き込んだ。
狙いはジアドだ。機動牢獄は装甲が超低温なので、うかつに素手で触れると凍傷で皮膚が張り裂ける恐れがあった。
裂帛とともに発勁。勁風が着弾点を中心に荒れ狂い、ニュートン物理学の断末魔となって炸裂する。車両の正面衝突すら止めてしまう掌打だ。人体を数メートルほど吹っ飛ばして余りある。アーカロトは衝撃を対象の内部には浸透させず、あくまでジアドの体全体にかかる外力として叩きつけた。この青年の体内構造を破壊してしまわぬための配慮である。
だが。
「――ッ!?」
予期しない激烈な反動がジアドの肉体より返ってきたことにより、アーカロトは数歩たたらを踏んで後退ることを余儀なくされた。
――何だ!?
まるで巨大な鉄の塊を殴ったかのような手応え。ジアドは一ミリたりとも動いていない。
こちらのアクションを一切意に介することなく、六人の青年はその手に漆黒の炎を宿し、槍めいた抜き手を混乱する機動牢獄らに撃ち込んだ。
彼らも彼らで振り返って応戦しようとはしていた。素晴らしい反応の速さだ。機動牢獄に収監されてから正式な戦闘訓練を積んだのだろうか。
まったく欠片も意味がなかった。
胸郭が貫通され、心臓を抜き取られ、ぬばたまの色艶を宿す幻炎に全身を蝕まれ、まるで数百年の時間を早回しで経過させているかのごとく腐敗し、腐食し、風化し、朽ちた土くれとなって散ってゆく――
六体すべてが、一斉に。
●
「当然の帰結というやつだヨ」
クロロディスは口ひげをしごきながら胡散臭い微笑みを浮かべた。
「さっきジアドくぅんは我々のそばで消え、一分後に再び現れただろう? この「消えた一分間」の間に今の殺戮を終えていたんだ。今ここにいるジアドくぅんはすでに六体の機動牢獄を殺し尽くした後のジアドくぅんなんだよ。そしてこのジアドくぅんが無傷で出現した以上、分裂した方のジアドくぅんたちが無傷で正常な時間軸に帰還することは確定しているんだ。ゆえにいかなる力をもってしても彼を傷つけるとこはできないし、その行動を阻止することもできないんだよ」
「はぁ!?」
何言ってんだこのおっさん。
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