秘剣〈宇宙ノ颶〉 #16
……それはそうだろうな。
「だがな、赤銀無謬斎の〈宇宙ノ颶〉はそれを可能にした。動作のブレをなくし、完璧な結果を機械のように繰り出しつづける、肉体的なプロトコル。攻撃の技ではなく、防御の技でもなく、ただ挙動のすべてを統括するオペレーティングシステム。――そういう技術だ」
なんだ、それは。
「そして、その核となったものは、無謬斎自身の人格だ。殺戮への飽くなき渇望が、肉体という鋳型を通じて〈宇宙ノ颶〉という動作体系へと姿を変えた。あれはな、動作そのものが無謬斎の人格を表現しているんだよ」
「……そんなものが、どうして今に伝わっているんだ」
「あぁ、その通り。本来〈宇宙ノ颶〉は創始者自身にしか使えない、一代限りの絶技――無謬斎の死とともにその技術は永遠に失われるはずだった。……だが、どうも奴はそれを良しとしなかったらしい。自らの寿命が尽きることで、殺戮の歓喜が味わえなくなることに我慢がならなかった」
そこで、父さんの声が一段低くなった。
「だから、奴は不死となった」
「……なんだって?」
「まぁ不死というと誤解を招く表現だが、要するに自らの人格を後世に完璧な形で遺すことにしたんだよ。この世のあらゆる現象は、情報――つまりひとくさりの記述のようなものであり、その記述さえ完全に保存できるのなら、己の意識の連続性は保たれると、そう考えたようだ」
――だんだんと、話が見えてきた。
己の人格情報を後世に残す媒体として、〈宇宙ノ颶〉は最適の代物だったのだろう。なにしろそれは、もともと自分の人格情報が『剣技の動作』という記述法で翻訳し直されたものなのだから。
「そして奴は、そのための生贄に、自分のガキを選んだ」
「……つまり、自分の子供に〈宇宙ノ颶〉を修得させ、その肉体に乗り移った……?」
「そういうことだ。もう〈宇宙ノ颶〉は無謬斎自身と同義だと言っていい。剣技の継承による人格の保存――俺は今まで嫌になるほど多くの剣鬼どもを見てきたが、こんなとんでもねえことをやりとげたのは奴だけだ」
……つまり。
「今、霧散リツカの体を動かして辻斬りをやりまくっているのは、その大昔のクソッタレ剣豪ということか」
「そう! クソッタレ・ファッキン・剣豪だ!」
「ブチ殺してやる……」
ごくナチュラルに、そんな言葉が出てきた。
もう、何がどう推移しようが、無謬斎だけは許すつもりはなかった。
「それで、突然現れたり消えたりするのは何なんだ?」
……これが、最大の疑問だった。
場所を問わず、即座に消え、すぐに現れる。
条理への明らかな反逆。
「それを教える前に、ひとつ聞いておく」
「なに」
「お前、その理屈を知ってどうするつもりだ?」
「どうって……決まってる」
強く、父さんを睨む。
「霧散リツカを止める」
「無理だ」
この人の言は、いつもすげない。
「断言してやる。お前じゃどうしようもない」
「そんなこと、やってみなくちゃわからない!」
「身の程を知れよ半人前。勝てるとでも思ってんのか?」
父さんは言葉をつづける。
「いいか? 〈宇宙ノ颶〉の事象記述は、それ自体が物質の実在をあやふやにするキーコード――いわゆる量子化だ。己の存在を拡散させ、さまざまな技と動きを繰り出す『あり得たかもしれない自分』を複数発生させる。そしてその中で最も都合のよい結果を出した『自分』を選択し、確定させることができるってわけだ。ヘドが出るほどの無敵ぶりだよ。最低にタチの悪い後出しジャンケン――それと似たようなもんだ」
「な……に……?」
なんだ、それは。
なんだそのクソみたいな後付け設定は。
それじゃあ――
それじゃあまるで――
ゲームのプレイヤーみたいじゃないか!
セーブとロードを何度も繰り返して最終的に必ず勝つ勇者野郎かよ。
そして、この世のすべての人間は、奴の経験値となる運命のモンスターってわけか。
面白すぎる。
フザけろ。
「か……」
やっと捻り出した声は、自分で笑えるほどかすれていた。
「勝てなくていい! ただ彼女をそのフザけた剣技から解き放つことができれば……」
「それこそ無理だ。あきらめな」
なげやりな言葉が、ぼくの魂を粉々に打ちのめす。
「一旦〈宇宙ノ颶〉を押し付けられちまえば、もう逃れる方法はない。誰か別の人間に〈宇宙ノ颶〉を継承させるまで、永遠に殺戮淫楽に囚われたままだ」
「技を別の人間に継承させれば、彼女は解放されるんだな!?」
「あー、されるぜ? ただし、それと同時にお前のガールフレンドは死ぬがな」
「どうして!」
「どうしてか。それは俺にもよくわからねえ。だが、〈宇宙ノ颶〉の継承があった際、元々秘剣を修得していた方の人間は斬り殺される運命にある。ひとつの例外もなく、だ」
確かに、ツネ婆ちゃんは斬殺されていた……恐らくは、リツカさんに。
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