かいぶつのうまれたひ #3
――あーだりー。
ハイパーミニマム高校生であるところの嶄廷寺攻牙は、その日いつにも増して沈鬱な気持ちを抱えて登校していた。別段、いくら牛乳を痛☆飲しようが一向に成長する気配のない我が身を儚んでいたわけではなく、もっと別の事情であった。
――期末試験!
それはあらゆる高校生の身の上へ平等に降りかかる、審判の儀式!
夏休みに補習などという懲役を食らわないためにも、死力を尽くして闘いに臨まねばならない!
のだが!
――ボクの夏休みは正直終わった。
攻牙は肩を落とす。
実はちっとも勉強してなかった。攻牙的にはやむにやまれぬ事情というやつで勉強の暇が取れなかっただけなのだが、学校側に認められるような理由ではなかった。
そこまでして攻牙を邁進させた用事にしても、意味があるかどうかはまったくの不明である。
――まさか戦闘準備にここまで手間取るとは思わなかったぜ。
攻牙は、来るべき悪の組織との戦いに向けて、とある作業を進めていたのであった。しかしその作業は想像以上に難航し、謦司郎を強引に手伝わせることでようやく完成の目処が立ったわけだが――
その時、日付はすでに試験の前日になっていた。
そりゃ気も重くなります。
――あー米軍が飛んできて学校を誤爆しねえかなー。
いくらアメリキャンが大雑把だからってそれはない。
とたたたたっ、と軽快な足音が聞こえてきたのは、その時である。
なんとなーく、嫌な予感がする攻牙。
――この知性のカケラも感じられない足取りッ! 覚えがあるぜッ!
足取りに知性なんて宿るんだろうか。
「攻ちゃ~ん! おっはよーうでごわす~!」
「ぐぎゃああ!」
……普通の女子高生はいくら登校中に知り合いを見かけたからといっていきなり背後から飛びついて圧し掛かるようなことはしないのである。
つまり、そいつは普通ではなかった。
端的に言うとアホの女子高生だった。
背後から突如として抱きつかれた攻牙は、勢いに押されてorzの形に倒れ込んだ。
掌をちょっと擦り剥く。
「うふふ~攻ちゃんは今日もぷにぷにでごわす~」
「うっぜぇぇぇぇぇッ! 果てしなくうっぜぇぇぇぇッ!」
ほっぺつんつんしてくる指を振り払い、彼女の下から脱出すると、振り返って睨み付けた。
活発そうな少女が地べたに座り込んでいる。茶色のボブガットが、朝日を受けてきらきらと光を反射していた。
「あぁもう! 毎回毎回会うたびに飛びつくのやめろって言ってんだろうがァ! 明かりに群がる虫ですかお前は!」
「どちらかというと『エイリアン』のフェイスハガーでごわす~飛びつかずにはいられないでごわす~」
「ボクに寄生する気だったのかーッ!」
「そして数時間後チェストバスターに進化して攻ちゃんの可愛いハートはいただきでごわす♪」
「何も上手いこと言えてねえからなお前……」
「末端価格で八万ドルでごわす!」
「臓器的な意味かよ! 生々しいなオイ!」
セラキトハートこと鋼原射美。
約三週間ほど前に学校へ襲来したバス停使い。
こいつが悪の組織の尖兵らしいということは、攻牙自身嫌というほど思い知らされてはいるのだが、ここ最近はまったく敵意めいたものが感じられないので、正直扱いに困る。
自分ではスパイとか言ってるが、本当にこちらのことを偵察する気があるのかは果てしなく謎である。
勘違いするな、貴様を殺すのはこの俺だ! 系のポジションでも狙っているのだろうか。
「……プッ」
「なんでごわすかーっ! そのインケンな失笑はーっ!」
「いやいや別に無理とか言ってねえよ。諦めんなよ」
「なんかわかんないけどすごくムカつくでごわすーっ!」
そんなこんなで取っ組み合いの喧嘩をしつつ歩いていると、やがて学校前の坂道に到達する。
攻牙たちと同じく登校中の高校生および小学生の姿が、前にも後ろにも見られるようになってきた。
「……なんか騒がしいな」
前方の学生どもが、みな一様に同じ方向を見ている。
その上、瞠目している。
隣の奴と顔を合わせてヒソヒソ言ってる奴もいたが、すぐにまた視線が戻る。
中には泡を吹いて倒れている者までいる。
彼らの見る先には――なんかいた。
変なものがいた。
「……おい」
「……なんでごわすか」
気を落ち着かせるために射美に話しかけるが、こいつも同じものを見て動揺していることが確認できただけだった。
「ボクの眼には、頭からウサギの耳を生やした奇妙な生き物が歩いているように見えるんだが」
「いやいや、それは夢でごわすよ。攻ちゃんは今頃まだベッドの中でお眠でごわすよ。この射美も夢の産物でごわすよ」
あの光景を否定するためなら、自分の存在すら夢ということにしたいらしい。
「ハハハそうかぁ夢かぁそりゃそうだよなぁー常識的に考えてあんな光景があるわけが何やってんだコラァー篤ーッ!」
「あああ、攻ちゃん! 自分を騙すのあきらめちゃダメでごわすよ~!」
後ろから射美が追いかけてくるのを感じ取りながら、攻牙は全速力で走った。
「む……」
そいつが振り返る。篤に似た背格好と篤に似た顔をしていた。
ていうか篤だった。
しかし振り向くのに合わせて頭のウサ耳が可愛らしく揺れるのは頂けなかった。
近くで見ると余計にヤバい。
いつも通り無表情の篤! しかしその頭にはウサ耳! 時空が歪むレベルの異様さだった。
攻牙と射美の背後にいた通行人たちは、その顔を正面から見るなり、一斉に叫びをあげた。